「二重行政」のゴマカシを斬る
立命館大学教授 森裕之さんに聞く
大阪のまちは誰がつくるのか―「大阪都構想」の是非を問う住民投票が5月17日に行われます。大阪市を解体し、権限と財源を大阪府が一手に吸い上げて、カジノなどの大型開発を狙う橋下徹市長。暮らしや商売に悩む庶民向けの施策は「二重行政」の名で削られます。「反対」が1票でも上回らなければ、解体・分割される大阪市。いま、商店街からも地域からも、そして若い人たちも「一人ひとりが声を上げよう」と行動を広げています。
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「大阪都構想は大阪の衰退を引き起こす」と、反対の論陣を張る森裕之・立命館大学政策科学部教授。大阪都構想の狙いや問題点について聞きました。
―大阪都構想とはそもそもどういうものですか
一言でいえば、大阪市の「廃止・解体」構想です。現在ある24の行政区を五つの特別区に解体・分割する統治機構の「改編」にすぎません。都構想によって大阪が「夢のような発展」をするかのように描くのはペテンです。
しかし実施された場合、歴史ある大阪市は、想像を絶する社会的混乱を引き起こすでしょう。歴史上、地図上からも大阪市は消えます。平成の大合併を思い出してください。合併してうまくいった自治体がありますか。いまでも混迷が続いています。
議会でもまともな議論をせず、「説明不足」と感じる市民が7割近くいる中で、「住民投票」に結論を任せることこそ問題です。しかしいったん決まれば後戻りできません。
ですから「反対ではないけどまだよく分からない」「今決めなくてもいいのでは」と思っている人は、「反対」に投票することが大事です。
コスト増えて赤字に
―維新は「二重行政」を解消すれば年間4000億円の財政効果が生まれると、宣伝していました
これが都構想の最大のアピール点です。しかし完全な絵空事、皮算用です。
大阪府市の資料でも、都構想の実現で期待される財政効果は、2033年時点で168億円にすぎません。このうち民営化などを除く厳密な意味での「二重行政」分は、年間わずか3億円(特別区2億円、大阪府1億円)です。
一方、都構想によって生じる新庁舎建設などのコストは30年間で約1200億円にもなります。
つまり、大阪市民から見れば30年間で60億円を浮かせるために1000億円以上をかけるというのが都構想です。「二重行政解消で4000億円浮く」どころか、超赤字事業にほかなりません。まさに「百害あって一利なし」。こうした事実を広げることが大事です。
―しかしカジノ構想など巨大開発を目玉にしています。その財源は
二重行政の解消では財源は出てきません。ではどうするのか。再編された特別区からの吸い上げです。
12年度の大阪市税(固定資産税など)は約6300億円です。このうち4分の3に当たる4600億円が大阪府税に変わります。市に対する国の交付金500億円も府に入ります。
そうして府に入った財源を特別区へ再分配する結果、最終的には約2300億円が府に取り上げられることとなります。しかも財源配分を決めるのは府の条例。権限も財源も大阪府が握ることになるのです。
市民の最も身近な暮らしに関わる予算が削られるのは目に見えています。
地域経済の衰退進む
―景気が良くなるという漠然とした期待感もありますが
大阪経済全体を活性化するどころか、大阪の衰退をもたらすだけです。
大阪市の市内総生産は18・7兆円(11年度)で、ニュージーランドの国内総生産を上回る規模です。同時に中小企業の従業員数の比重は東京に比べて約2倍と高い。さらに大阪市の実態調査では、今後展開したい事業分野として「環境エネルギー」「健康・医療、介護福祉」「ロボットテクノロジー」関連が上位にきています。中小企業も深く関わる分野です。
一方、今後の日本は人口の減少、貯蓄率の低下などの問題を抱えており、外来型の開発から内発的発展、地域循環型経済への転換が求められています。
自治体の役割は、環境・エネルギー、医療・福祉、まちづくりなどのイノベーションに取り組む企業への積極的支援です。カジノ構想などの大型開発は、一部の大手企業をより強くするだけで、大阪経済全体を活性化するどころか、大阪の衰退をもたらすだけです。
改憲・道州制一体に
―住民の声が届かない強権的な行政をつくり上げる。これは大阪だけの問題ではありませんね
そうです。橋下氏が府知事時代に発表したビジョンでは、「大阪府は解消して関西州をつくる」としていました。いまは大阪都構想で大阪市を廃止し、次に大阪府もなくす「道州制」をめざすとしています。自治の仕組みの崩壊です。
国の形を大きく変える道州制は、改憲と一体となったものです。
大阪府市両議会では「特別区設置協定書」が否決されたにもかかわらず、「官邸の仲立ち」で創価学会を通じて公明党の態度を一変させ、両議会で「賛成」となり、住民投票が実施されるという事態に陥りました。
昨年末の総選挙で改憲派であった次世代の党がほぼ壊滅しました。憲法9条の「改正」しか頭にない安倍首相にとって、改憲を唱える維新の会を取り込むことがどうしても必要でした。官邸が公明党を動かすことで橋下市長を助け、改憲と都構想が取引されたのです。
都構想をはね返すことは、改憲を食い止める大きな力になる。すなわち、都構想を食い止めることは、大阪だけの問題ではなく、全国的な課題です。
―投票日が迫っています。今求められることは
橋下市長はこれまでも組合攻撃をしたり、記者会見やツイッターなどを通じ、個人に直接圧力を加え、ものを言えない空気をつくり出してきました。まさに独裁者的な手法です。実際、個人攻撃を受けた大学人もいます。
しかしそれに屈してはいけません。都構想反対の声は、商店街、自治会、経済人へと広がってきています。批判する力、声をさらに広げ、表に出すことが求められています。
全国商工新聞(2015年5月11日付) |