強権的な徴収行政に警鐘 差押禁止財産の趣旨守れ
差し押さえ全額返還判決の意義
群馬県前橋市が住民税と国民健康保険(国保)税の滞納処分として給与が振り込まれる預金口座を差し押さえた問題で、前橋地方裁判所は1月31日、「脱法的で違法」と判断し、差し押さえ全額の返還と慰謝料(一部)の支払いを前橋市に命じました(前号既報)。税理士・角谷啓一さんが判決の意義ついて解説します。
振り込まれる給与の入金を待ち構えて行った前橋市の預金債権の差し押さえ処分に対し、前橋地裁は平成30(2018)年1月31日、「徴収法76条1項(給与の差押禁止)に反する脱法的な差押処分として違法」と断じ、前橋市に対し、不当に徴収した12万円余の返還および国家賠償法に基づく賠償金5万円余(それぞれ利息付き)の支払いを命じました。この判決に対し、前橋市が控訴をあきらめたため、納税者側の勝訴判決が確定しました。
給与の振り込み待ち構えて処分
争われた事例は、Aさん(介護関係施設に勤務)が住民税・国保税の滞納額を、毎月欠かさず分納を続ける中、前橋市の分納増額要求に応じなかったとして、平成27(2015)年3月〜7月まで月額10万円に満たないAさんの給与の振込先口座への入金を待ち構えた上で、5カ月にわたり5回連続して預金債権を差し押さえ、おのおの一定額(2万〜5万円)を取り立てたというもの。1回目から3回目までの差し押さえ処分については、すでに異議申し立ての期限が渡過した後であったことから、4回目および5回目の差し押さえ処分を「違法だ」として異議申し立てを行い、前橋市がこれを棄却したので本件訴訟に至ったという経過です。
原告Aさんが主張した第一点は、(1)当該預金口座は、事実上給与振り込みの専用口座である(2)原告は、毎月の支給日に狙いを定めて、入金口座の差し押さえを行った(3)これは徴収法76条1項で禁ずる、給与の差し押さえにほかならない(4)原告はそのことを知りながら、あえて差し押さえを行った-よって、差し押さえは法律上の原因を欠く違法な差し押さえであるので、債権差し押さえ処分を取り消すこと。
第二点は、前述(1)〜(4)の違法な差し押さえによって徴収した金銭は、法律上の原因を欠くことから、民法703条で定める不当利得に当たるのでこれを返還すること。また、被告は、「法律上の原因を欠く処分」であることを知った上での「悪意の受益者」に当たるので、民法704条の規定に基づいて返還すること。
第三点は、違法な差し押さえ処分は、「…公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責めに任ずる」との国家賠償法1条1項に該当するので、弁護士費用を含む損害金ならびに所定の遅延損害金を支払うこと。
判決は、第一点の「差し押さえ処分の取消し」問題について、「各処分は取立てを完了しており…すでに消滅しているから…差押処分の取消しによって回復すべき法律上の利益はない」と、却下(門前払い)しました。
一方、第二点については、差し押さえ処分の対象となった給与の差し押さえ禁止額を算定し、差し押さえ可能額がゼロであることを確認した上で、「実質的に給与自体を差し押さえることを意図して、本件各差し押さえを行った」とし、「本件各差押処分は徴収法76条1項に反する脱法的な差押処分として違法」と判示、原告が主張する不当利得の返還を命じました。その一方、「前橋市長が…本件各差押処分に基づいて取り立てた金員を保有し得る法律上の原因を欠いているとの認識を有していたとはいい難い」などと述べ、「悪意の受益者に当たらないというべき」と、一歩後退しました。
「過失」を認定し国賠法の適用も
第三点については、差し押さえ処分の「故意」の有無が争点になりましたが、判決は、「前橋市長が、違法な預金債権差押処分を行うことにつき、故意があったとはいえない」と、「故意」を否定しながらも、「差押禁止の趣旨を没却する脱法的な差押処分を行ってはならない職務上の注意義務を怠った過失があり…差押処分は、国賠法上も違法」と、基本的に原告の主張を認めました。
前橋市はじめ、多くの地方自治体の「行き過ぎた滞納処分」が横行する中、これに警鐘を鳴らす意義深い判決になりました。原告側吉野、松井両弁護士の的確で法的にも筋の通った真正面からの主張に対して、裁判所もこれを否定できず、内容的には原告側勝訴の判決になりました。
特に、徴収実務として幾多行われている差し押さえ禁止財産の入金口座への違法な差し押さえ処分を、「脱法的な差押処分であり、違法」と断じ、不当利得として徴収金を返還させたことは、平成25(2013)年11月27日広島高裁松江支部判決(鳥取県児童手当差押え事件)を広め、定着させる意味において、大きな意義がある判決だと思います。
全国商工新聞(2018年3月26日付) |