税務調査「聴取書」の問題点=弁護士・鶴見祐策
税務調査の際、税務署員が「申し訳ありません」「深く反省しております」という文言が書き込まれた「聴取書」を書いて納税者に署名押印を求める事例が増えています。鶴見祐策弁護士に問題点を聞きました。
1、納税者に強要
税務調査の際に税務署員が「聴取書」を書いて納税者側に署名押印を強要することは重大な問題です。
東京国税局が配布した部内資料「証拠資料の収集と保全」には、「事実関係について争いが生じると見込まれる事項について、課税要件事実を立証するに足りる十分な直接証拠がない場合、又は証拠自体の意味内容や位置付けに疑義がある場合には、確実に聴取書を作成し、これを補充しておく」と述べ、作成上の留意事項を示しています。
(1)作成者と立会人
「立会人を同席させた上で、聴取(質問)者が自ら作成する」とし、納税者(あるいは取引先)にも署名を求めます。税務署員が作成して公文書の性格を持たせていますが、税務争訟では、税務署員は、相対立する一方当事者ですから「公文書」を理由に信用力は増しません。また、手続きの公正さを監視するための立会人が第三者ではない同僚の税務署員とされています。
(2)署名および押印
「聴取内容を確認した後に、申述者の署名押印を求める」「聴取者も立会人も署名押印する」とされ、印鑑がない場合は「左手第二指又は母指その他の指頭に朱肉等をつけて押捺すること」。拒否された場合は「(理由等)なるべく詳細に最終行に記載する」としています。
(3)作成部数その他
「原本のみ1部作成」し、申述者などに対し「写しを交付することはしない」としています。署名押印させながら、内容を相手の手元に残させないのは不公正です。取引先などの場合は、納税者に連絡される前に「時機を失することなく、納税者本人へ接触を図る必要」を強調しています。
2、法的根拠はない
「聴取書」に法律上の根拠はまったくありません。
そもそも税務調査は、納税者の同意と承諾が前提です。税務署員は、文書作成に先立って「署名及び捺印をお願いします」と告げることになっており、断ればよいのです。
「聴取書」における税務署側の本当の狙いは、租税ほ脱犯(脱税)や重加算税の対象とすることです。ほ脱犯の成立要件は「偽りその他不正の行為」、重加算税の要件は「隠蔽し、又は仮装」で、これは故意(意図的)であることが前提です。故意を証明するには本人から「自白」を取るほかありません。聴取書は、まさにその「自白」に当たります。
最高裁昭和47年11月22日大法廷判決(川崎民商鈴木事件)は、憲法38条の「自己に不利益な供述強要の禁止」に関して税務調査のような行政手続きでも「ひとしく及ぶものと解する」と判断しています。この判例によれば、聴取書作成は、国民に保障された「黙秘権」を侵害する違憲行為です。
税法でも税務署員の「質問検査」は「犯罪捜査のために認められたとものと解してはならない」と定めています。
「新国税通則法」では、修正申告の「勧奨」が定められましたが、その際、税務職員は文書で「更正の請求はできる」と説明しなければならず、更正処分にも「理由付記」が定められました。税務署員は、修正申告の「勧奨」の多用と併せて「聴取書」の作成に執着するでしょう。これを許さない取り組みが必要です。
全国商工新聞(2012年5月14日付)
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