2016年度税制改正大網 低所得者ほど負担重く
消費税「軽減税率」は茶番
立正大学客員教授・税理士 浦野広明さんが解説
自民、公明両党は2015年12月16日、2016年度の「税制改正大綱」を正式決定しました。2017年4月からの消費税率10%引き上げと同時に、食料品などは8%に据え置く「軽減税率」(複数税率)を導入することを盛り込みました。併せて2021年からはインボイス制度(適格請求書等保存方式)の導入を打ち出しています。立正大学客員教授・浦野広明さん(税理士)が問題点を解説します。
大企業には減税
法人実効税率を29・97%(16年度)から29・74%(18年度)まで下げるという。
一方で全法人の99%を占める中小法人については、「中小法人(資本金1億円以下)のうち7割が赤字法人であって一部の黒字法人に税負担が偏っている」「大法人向けの法人事業税の外形標準課税の拡大も踏まえ」「幅広い観点から検討を行う」と指摘した。
外形課税を強化
利益はなくても資本金や費用(給与・支払利息・賃借料)に税率を乗じて事業税額を決める外形標準課税の強化を中小企業に押し付けようというのである。
すでに安倍内閣は15年度税制改定において、経済状況を一切無視し、17年4月から消費税率を10%(消費税7・8%、地方消費税2・2%)にすると決めた。
大綱は、飲食料品などについて消費税率を8%に据え置く措置を「軽減税率」などと偽る茶番劇を行った。なぜ茶番というのか。それは軽減税率が国民の消費税負担を和らげることとは全く関係がないからである。そんなことは消費税の仕組みを見ればすぐに分かる。
消費税は、消費者が負担するが、納税するのは事業者(企業)である。企業の消費税納税額は課税売り上げに消費税率を掛けたものから、課税仕入れに消費税率を掛けたものを引いて計算する。「軽減税率(複数税率)」を導入すると、(課税売り上げ×消費税率)が8%と10%の二段階になり、8%が適用される事業者の消費税納税額が少なくなる。軽減税率は国民の痛税感を和らげることとは全く関係がない。
飲食料品の製造原価は、材料費、労務費(工場人件費・雑給など)、経費(外注費・電力量など)から構成される。製造原価が上がれば8%の消費税率にしても物価は上がる。
現代は、少数の大企業が一部門の生産総額の大部分を支配しており、自由に価格を決める。市場を独り占めして自分の利益が最大になるように定めた価格が独占価格である。
市場を支配している飲食料品関連大企業は、製造原価の値上げを理由に物価(独占価格)値上げを行って、10%の消費税負担以上の利益を確保する。さらに、8%の軽減税率により消費税負担が軽減する恩恵を得る。飲食料品の物価は上がっても飲食料品の価格表示は(内消費税8%)と書いてあるので、消費者は安く買えたかのような錯覚を起こす。実際は価格が上がり、国民負担は確実に増える。
世界的にも異常
わが国の消費税の税率はヨーロッパに比べ低いといわれるが、これも偽りである。食料品の税率は、イギリス0%(標準税率20%)、ドイツ7%(同19%)、フランス5・5%(同20%)である。「軽減税率」の本質は食料品にも8%の税率を適用するというもので、世界的に見ても「負担の重い消費税率」に他ならない。「軽減」どころか総額4・4兆円、1世帯4万円以上の大増税を行おうというものだ。低所得者ほど負担が重い逆進性は、増税によっていっそう激しくなる。
16年度の一般会計予算案の歳入と歳出の規模は96兆7218億円である。新規国債(国の借金)発行額は34兆4320億円と、歳入の35・6%を占める(15年度末の国債残高は約807兆円)。借金があれば元金と利息を支払わなければならない。国債の元金と利息の支払いは「国債費」という歳出となる。16年度予算の国債費は23兆6121億円と歳出の24・4%という巨額を占め、社会保障費の拡充などできようがない。
国民生活を保障する税収は憲法13、14、25、29条等に基づく「応能負担原則」に尽きる。また、憲法前文、25条等から導かれる税の使い道は「すべての税が福祉目的税」となる。
自公の進める戦争法(安保法制)と税制はいずれも憲法違反という点で同根である。憲法を投げ捨てる自公政権に対して、憲法の生存権や応能負担原則を運動によってつかみとるという時代に突入した。
大綱のポイント
複数税率とインボイスで実務増え取引排除も
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2016年度の「税制改正大綱」の主な内容は表のとおりです。
大綱は「基本的な考え方」で「社会保障と税の一体改革を確実に実施する」ことを最重要課題と位置付け、そのために消費税率10%の引き上げを2017年4月1日に確実に実施することを明記。併せて「軽減税率」の導入を打ち出しました。
対象は酒類および外食を除く飲食料品と定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞。2021年4月1日からは適格請求書等保存方式(インボイス制度)をスタートさせます。適格請求書がなければ仕入控除額は認められず、免税業者が取引から排除されることになります。
税率の据え置きに必要な財源は1兆円と見積もられています。検討されている財源のうち4000億円分は消費税増税に伴う低所得者対策として医療や介護の自己負担額に上限を設ける新制度導入を見送るもの。食料品などの税率を据え置くために医療や介護など社会保障の予算を削るというのですから、本末転倒も甚だしいものです。残りの6000億円については夏の参議院選挙後に先送り。「選挙目当てのバラマキ」と批判の声が上がっています。
複数税率の下では事業者は膨大な実務負担を押し付けられるとともに、店内で食事をすれば10%、持ち帰れば8%など複雑な対応が迫られ、混乱が生じるのは必至です。
一方で大綱は「一億総活躍社会」をつくり出すことを唱え、「稼ぐ力」のある企業の税負担を軽減し、収益を高め、設備投資や賃上げに取り組めるように法人実効税率の「20%台」への引き下げを主張しています。
大企業は300兆円を超える内部留保をため込む一方で、労働者の実質賃金は2年以上もマイナスが続き、個人消費は低迷したままです。しかも雇用が増加しているのは非正規雇用で年収200万円以下の「働く貧困層」は1100万人を超えています。「大企業がもうかれば国民にも回る」という「トリクルダウン」は完全に破綻しています。
経済を循環させるというのなら消費税10%への引き上げを中止し、5%に戻すことこそが必要な対策です。
全国商工新聞(2016年1月18日付) |