低所得者対策なら消費税10%は中止に=税理士・湖東 京至さんが解説
「軽減」税率は”まやかし”
自公政権は、2017年4月からの消費税率10%への引き上げに合わせ、食料品への軽減税率(複数税率)の導入を狙っています。併せて、簡易課税の廃止や免税点を引き下げる動きも見せています。湖東京至税理士(元静岡大学教授)は「軽減税率によって食料品の値段が下がる保証はなく、特定企業の補助金になる」と指摘します。誰のための軽減税率なのか、どんな“まやかし”があるのか、解説します。
価格が下がる保証なし
軽減税率をめぐって肝心なことは、消費者にとって軽減税率対象品目がどのように線引きされようと、物価は全く下がらず、消費税は公平な税制にならないということです。
「せめて飲食料品は軽減税率にしてほしい」という消費者の切実な声を聞きますが、軽減税率の適用となった物の値段が下がる保証はありません。
例えばペットボトルを見てみましょう。中の水は8%でも、ボトルやラベルの印刷費、自販機や電気代、運送経費は10%に上がりますから、キリンやアサヒ、コカ・コーラなどのペットボトル飲料販売業者はその分の値上げをしかねません。価格を決めるのは企業ですから、便乗値上げも可能なのです。消費税法はそれを禁止することができません。
野菜や魚など、生鮮食料品の価格は需要と供給の関係で決まります。天候にも左右されます。軽減税率が適用されたからといって安くなる保証はありません。
消費税は事業者が年間の売上額に8%をかけた金額から、年間仕入額等に8%をかけた金額を差し引いて納める仕組みです。消費者が負担したと思っている消費税分と事業者が納める消費税は全く関係がない仕組みなのです。
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大企業ほど負担軽く
軽減税率によって得をするのは消費者ではなく、軽減税率適用物品を販売する企業です。
政府は飲食料品(加工食品を含む)に軽減税率を採用すると、1%で6600億円の税収が減ると試算しています。2%なら1兆3200億円です。
消費税を税務署に納めるのは事業者(企業)ですから、軽減税率適用物品を販売する事業者の納税額が1兆3200億円減るわけです。
会社名をあげれば、キリン、アサヒ、サントリー、日本ハム、明治、味の素、山崎パン、森永、キユーピー、雪印、ニチレイ、日清製粉グループ、コカ・コーラ、サッポロ、伊藤ハム、日清食品、伊藤園などなど、これらの製品を大量に販売できるデパートや量販店ほど納税額が減るのです。ですから、軽減税率は価格決定権を持つ、力の強い企業に対する実質的な補助金になるのです。
複雑になる計算方法
軽減税率が8%、一般の税率が10%になると帳簿や消費税の計算は複雑になります。事業者は消費税の納税額を計算するとき、今は年間売上高の8%から年間仕入高の8%を引いています。
これが軽減税率適用物品と一般の物品を販売する場合、(軽減税率適用物品売上高×8%+一般の物品売上高×10%)―(軽減税率適用物品仕入高×8%+一般の物品仕入高×10%)となります。そのため、何が軽減税率適用物品か記帳するとき分けておかなければなりません。
一般の物品だけを販売する事業者も、仕入れ等のうち軽減税率適用物品を分けておかなければなりません。計算が複雑になり、事務負担が増えるとして日税連も複数税率に反対しています。
不公平は解消されず
今は2年前の売り上げが5000万円以下の事業者は、売上高に一定率をかけて消費税の納税額を計算する簡易課税制度を選択することができます。全納税者のうち41.5%の中小事業者が、この簡易課税を選択しています。
ところが政府の中には「簡易課税は益税を生む。税率が10%になれば益税が膨らむ」として簡易課税を廃止する動きがあります。また、今1000万円の事業者免税制度も高すぎるという論者もいます。
簡易課税制度は、零細な事業者の事務負担を減らすために設けられている制度です。免税点も売上高1000万円以下の零細な事業者の負担を減らすために設けられているものです。それを廃止ないし縮小して軽減税率による減収分を補おうとするのは、中小事業者に商売をやめろというのと同じです。断じて許すことはできません。
軽減税率は消費税の不公平性解消にまったく無益なばかりか、逆に消費税の延命措置に過ぎません。もし低所得者を救済するというのであれば、消費税率を10%に引き上げることを中止するべきです。そして景気回復の足を引っぱる世紀の悪税、消費税を廃止することです。
「益税」口実に インボイス導入狙う
自公案に7業界が反対
中小業者が消費税を価格に転嫁できず、身銭を切って消費税を納めているというのに、自民党の宮沢洋一税制調査会長が「益税が見逃せないレベルになってきている」と攻撃しています。
当面は「簡易な経理方式」にするとしていますが、「益税」をなくすことを口実に簡易課税制度の廃止や免税点引き下げと併せて政府が狙っているのが、2021年4月からのインボイス(税額票)導入です。
インボイス方式は商品の一つひとつに消費税の税率や税額をつけるために中小業者には膨大な事務負担が強いられます。また、インボイスを出せない免税業者は取引から排除されます。
小売りや外食など七つの業界団体は11月27日、軽減税率に反対する集会を都内で開き、軽減税率導入に反対する決議を採択しました。反対する理由の一つが事務負担の増大です。
自民、公明両党はインボイス方式が導入されるまでの経過措置として軽減税率の対象品目を区分せずに売り上げに一定の割合をかけて納税額を計算する「みなし課税」を選択できる特例を設けるとしています。しかし、業界団体からは根本的な解決にならないとの意見が上がっています。
全国商工新聞(2015年12月14日付) |