政府税制調査会 御中
「納税者権利憲章」に関する政府の討議と国税通則法「改正」案に対する要望
2010年12月6日 全国商工団体連合会
政府税制調査会はこの間、「納税者権利憲章」(仮称)制定へ向け議論を行い、11月25日に提出された「納税環境整備PT報告書」(以下、報告書)をたたき台に、最終答申の作業を開始しています。
「報告書」では、「納税者の立場に立って、複雑な税務手続きを平易な表現で分かりやすくお知らせする」ものとして「憲章」の策定を国税庁に義務付け、「憲章」に記載すべき事項は「改正」国税通則法で定めようとしています。国税通則法の「改正」にあたっては、各種税務手続きの明確化等の規定を集約し、法律の名称及び目的も見直すとしています。
「報告書」には、税務調査における「事前通知」や「終了通知」「更正の請求期間の延長」「処分の理由附記」など、納税者の権利を拡充する内容も盛り込まれる一方、「納税者の権利・義務をバランスよく記載すべき」との立場から、これまで確立してきた納税者の権利を侵害する規定が数多く含まれています。
納税者番号制や消費税のインボイス導入、記帳の義務化などは、中小業者に過重な負担を押し付け、事業の継続を脅かすものであり、容認できません。
こうした国税通則法「改正」案が来年1月にも国会に上程され、3月中に成立させられることが懸念されることから、税制「改正」案の大綱策定に当たっては、「報告書」に盛り込まれた問題点を採用しないよう、次のように要望します。
第1に、「納税者権利憲章」(仮称)は、「すべて国民は基本的人権を保障され、誠実な納税者として尊重される」立場を貫き、国税庁任せにせず、国民の声を広く聞き、国会の審議を通じて準憲法的なものとして制定して下さい。
日本国憲法は、「国民こそが主人公」であることを宣言し(前文)、すべての国民は個人として尊重されるとする憲法原則は、租税国家である我が国の税制・税務行政の分野においてはとりわけ貫かれるべきであり、国は積極的に国民に保障しなければなりません。租税法律主義や申告納税制度、適正手続きの保障、公務員の憲法遵守義務など、憲法の保障するこれらの原則は、あらゆる機会を通じて国民に保障されるべきであり、侵すことのできない納税者の権利として確立されなければなりません。
第2に、「事前通知」は無条件で行うようにすべきです。
「報告書」では、「悪質な納税者の課税逃れを助長することのないよう、…一定の場合は事前通知しない」としています。税務署長の判断で事前通知を行わないことを可能にすれば、恣意的な判断によって、無原則的な「事前通知なし」の税務調査が横行しかねません。事前通知は例外なしで行うべきです。
また、反面調査を合法化し、「調査対象本人に通知しない」ことを原則とするという提案は、国民主権の侵害につながります。また、「客観的に見てやむをえない場合に限って行う」としてきた税務運営方針をも否定することになります。プライバシーの侵害や調査対象の際限のない拡大をもたらし、商取引先に重大な悪影響を与え、個人の尊厳が傷つけられます。
第3に、税務署員に修正申告の「勧奨」や「再調査権」は与えるべきではありません。
課税庁の職員が「修正申告や期限後申告の勧奨を行うことができる」ことを「法令上明確化」すれば、現在でも横行している修正申告の強要をエスカレートさせかねません。
「調査終了通知」の交付後も「再調査することができる」権限を税務当局に与えることは、質問・検査権の拡大を招き、「調査終了通知」にまったく意味がないことになります。
第4に、帳簿書類その他の物件の「提示」「提出」は、調査権限の強化であり認められません。
「報告書」では、「現行の『質問』『検査』に加え、帳簿書類その他の物件の『提示』『提出』を求めることができる」ことを明確化するとしています。これは、課税権力を強化し、税務署員が帳簿等を「提出」させ、持ち帰ることを合法化することにつながっています。いまでも、「帳簿の備え付け」をめぐって、青色申告承認の取り消しや消費税仕入税額控除否認が恣意的に行われているだけに、この規定は容認できません。また、「その他の物件」もあいまいで、拡大される可能性があります。
第5に、全ての処分について、記帳義務のあるなしに関わらず「理由附記」すべきです。
これまで、理由附記は青色申告などへの一部の処分に際して実施されていましたが、記帳・記録等保存義務を理由附記の条件にすべきではありません。
また、理由附記することを口実に記帳を義務化することは許されません。課税庁による処分は明確に行政処分であって、処分の理由が被処分者に明らかにされることは当然のことです。しかも所得300万円以下の小規模な生業層に300万円超と同等の記帳義務を課すことは、実務負担の過重な押し付けであり、「家族経営の持つ意義への意識を強め、また、事業継承を円滑化する」とした中小企業憲章にも逆行し、行うべきではありません。
さらに、記帳・帳簿等の保存が十分でない場合、「保存状況に応じて理由を記載」するとしていますが、「保存状態」による納税者の差別は許されません。
第6に、白色申告者の記帳義務化は行うべきではありません。所得税法第56条は廃止すべきです。
白色申告者の記帳義務化は行うべきではありません。必要経費の概算控除制度導入は自主申告制度を壊します。また、「正しい記帳」がない場合の必要経費の考え方や記帳水準が向上した際の専従者控除の見直しなどをあげていますが、必要経費の算定は納税者の自主申告権に属しており、納税者の人格の尊重、権利保障の前提に記帳義務を置くべきではありません。また、家族労働について給与を必要経費として認めることは世界の流れです。所得税法第56条を廃止し、家族従事者の人権を無条件に認めるべきです。
第7に、更正の請求について、申告後に、納税者が自ら行う減額の「更正の請求」期間(現行1年)を5年に延長することは歓迎します。しかし、課税庁が増額更正できる期間(個人は現行3年)も5年とすることは採用すべきではありません。
個人所得税の更正請求期間を延長することは、納税者の権利救済に資することであり、当然行うべきです。しかし、このことを利用して、増額の「更正」期間も5年に延長することは、税務調査の期間を5年間にすることと同義であり、消費税との同時調査の場合は7年間さかのぼって調査することを意味します。権利救済を装いながら、課税強化を盛り込むことは断じて容認できません。
「更正の請求」期間後の「嘆願」を解消し、透明性を高めるためには、これまで短すぎた権利救済期間を延長すれば足りることです。
また、「更正の請求」の際、納税者に「事実を証明する書類」添付の義務化を求めていますが、実態に即し、納税者に過大な負担を押し付けないようにすることが必要です。さらに、「故意に内容虚偽の更正の請求書を提出した場合の処罰規定を設ける」としていますが、今以上の罰則強化は行うべきではありません。
第8に、納税者番号制は導入すべきではありません。
(1)「納税者に悉皆的に番号を付与し」、取引のたびに取引先に番号を「告知」するとともに、取引先が提出する法定調書や納税者が提出する納税申告書に番号の「記載」を義務付けることが打ち出されています。これは、中小業者に耐え難い実務負担となることは明白であり、導入すべきではありません。
(2)膨大な作業を納税者に押し付けた上で、税務当局が番号をキーに名寄せ・突合せできるようにすることが可能になる―としていますが、この議論そのものが、納税者を犯罪人扱いしており、申告納税制度を根底から否定するもので認められません。
(3)「プライバシー保護の徹底策」は検討を進めていくというだけで何の保障もありません。なによりも国民のプライバシーを尊重すべきです。
(4)将来、納税者番号制とともに消費税にインボイスが導入されれば、免税業者は取引から排除されます。中小業者の経営を成り立たなくする、納税者番号制の導入については検討そのものを直ちに中止にすべきです。
第9、徴収手続きに関する納税者の権利を確立すべきです。
「報告」には、徴収手続きに関する記述がいっさい見当たりません。徴収に当たっては、生活再建と事業再生支援に役立つよう配慮する法改正が必要です。また、生存的な財産、すなわち、生活の維持・事業の継続を困難にする財産の差し押さえや取り立てを禁止する規定を国税通則法や権利憲章に盛り込むよう強く要望します。
以上、私たち民商・全商連は、憲法にもとづく納税者の権利を保障する「納税者の権利憲章」の実現を求めます。
尚、私たちが提案している「納税者の権利憲章」(第2次案)を添付します。
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