東日本大震災 国・県の補助金返還迫られる=宮城・石巻民商
「えっ! 補助金を返さないといけないの」。東日本大震災で被災事業者を支援するために創設された国や県のさまざまな補助金(別項)。ところが、法定耐用年数内に機械や施設などを廃棄したとして、その返還を命じられるケースが相次いでいます。宮城県石巻市を訪れてみると…。
事業再建進めてきたのに 行政は柔軟な運用を
「機械を廃棄した」として約16万円と96円の延滞金まで返還を求められたと話す津田良子さん
「補助金をいただけてうれしい、と思っていたのに…。返せと言われるなんて」。絶句したように話してくれたのは石巻市内で「津田美容室」を経営する津田良子さんです。
震災当時、夫・裕信さんとともに有限会社津田商事を経営。裕信さんは、自動車整備工場を、その隣で良子さんが美容室を営んでいました。
しかし震災によって自動車工場も美容室も柱だけを残して全壊。美容室は自己資金で直したものの、自動車整備工場の再建には、宮城県の「商業機能回復支援補助金」を活用。車を持ち上げる「二柱リフト」(法定耐用年数15年)の購入代金を含め、約113万円の補助金交付を受けました。
夫の死去に伴い会社清算したが
ところが、5年後の17年夏、裕信さんが病気で死去。12月末には会社を清算し、工場の解体と共に「二柱リフト」も廃棄しました。しかし、清算登記を済ませる直前、県の補助金規則に基づく「返納義務が発生する」として18年3月22日、清算人である良子さんに約16万円の返還(計算方式は別項)が命じられたのです。
「驚きました。気持ちよく、事業の再建をやってきたのに、最後に返せだなんて」と良子さん。補助金の交付を受ける際、「返還になる場合があるとは教えてもくれなかった」とも、振り返ります。
活用した業者に不安と怒りの声
被災者の怒りを呼んでいる補助金の返還問題。その対象は、宮城県の補助金にとどまりません。東日本大震災を機に創設された「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業」(75%の復旧事業費を国、県が負担。いわゆるグループ補助)をはじめ、震災を受けた岩手、宮城、福島県などが創設した県単独の補助事業も同様です。
その数は、グループ補助だけで延べ約1万1400社(8道県)。宮城県内だけを見ても、グループ補助や県の補助金を合わせると、7908社にも上っています(別項)。
返還対象は、補助金で購入した機械、設備などを法定耐用年数内にもかかわらず、売却、目的外使用、無償譲渡、廃棄・取り壊しなどの処分をした場合で、その方法によって、返還金額(計算方法は別項)も異なります。
「返還に対する不安は、これからもっと広がる」と指摘するのは、石巻民商の佐々木寿朗事務局長。
震災から7年経過し、法定耐用年数が7年未満のものならば、返還を求められることはありませんが、「耐用年数が20年を超えるような施設、設備などの場合、返還金に対する不安と、長期間商売を続けることができるのかという不安とが重なってきている」といいます。
80歳まで商売を続けられるのか
「80歳まで商売を続けないと補助金の返還が求められるなんて…」とため息をつく津田佳世子さん
その一人が駅前で居酒屋「どんぐり」を経営する津田佳世子さん。
震災で自宅が大規模半壊。賃貸で借りていた店舗の土地を買い取り、1階を店舗に、2階を自宅に改装しました。
県から交付された補助金は約210万円。法定耐用年数は22年。つまり、22年間営業を続けないと返還義務がなくならない計算です。
「20年たったら、私はもう80歳。続けるなんてムリでしょう」。
震災から数年は復興工事関係者でにぎわったものの、ここ数年は売り上げが連続してダウン。郊外に大手スーパーができたこともあり、「夜は人影もまばら。それに従業員を募集しても集まらない」といいます。
人口の減少など商売環境は激変
石巻市の人口は09年と18年を比較すると、住民票の移動だけで約1万9000人の減。女川町などは震災前に比べ人口が57%も減少しています。
「お客が増えることは期待できない。その中で商売を続けていけるのか。不安ですよ」と津田さんはいいます。
地域の大きな変化の中で、業態や業種の転換を模索する業者も出ています。
県北部を中心に飲料水の卸・小売りを商売にしている高田恵子さん(仮名)です。震災で自宅も飲料水を置いていた倉庫もすべて流されました。石巻市に転居、県の補助金を使って倉庫を建てたものの、取引相手の卸大手が突然会社を閉鎖。新しい商売を探していますが、倉庫をこれまでと別の仕事に使った場合、補助金の返還が求められることもある、と聞かされたといいます。
やむ得ない事情返還取り消しを
補助金の目的、執行などを定めた「補助金適正化法」は第17条で「補助金等の返還」を定め、「やむを得ない事情があると認めるときは、政令で定めるところにより、返還の期限を延長し、又は返還の命令の全部もしくは一部を取り消すことができる」としています。
大震災で大きな被害を受けた事業者を支援する補助金が、被災者をさらに苦しめていいのか。
石巻民商の渡辺金夫会長は言います。
「県の担当者も『被災者から重い相談が寄せられている』と苦悩をにじませていると聞いている。法律にも補助金の返還規定があるが、法定耐用年数内だから、返還せよというのではなく、被災者に心を寄せ、被災者を勇気づけるような法の柔軟な運用こそ、求められているのではないか」
Q&A グループ補助金に関わる財産処分
※機械、設備、等を法定耐用年数内で処分することが前提
【第三者への無償譲渡】
Q 補助目的である事業を第三者に引き継いでもらうため、設備などを無償で譲渡する場合は?
A 返還は不要です。グループ補助の場合、事業を引き継ぐ方が共同事業を継続することが必要です。その場合も、財産処分の制限が課されます。
【廃業する場合】
Q 個人事業者です。後継者がいません。廃業する場合でも補助金返還は必要ですか?
A 廃業する場合は通常、施設・設備を売却することになります。売却額が合理的なものであれば、補助金額を上限として売却額に補助率を乗じた額を返還することになるので、売却額を超える返還は生じません。
ただし、取り壊す場合や売却額に合理性が認められない場合、残存簿価相当額に補助率を乗じた額を返還することになります。
【業態転換の場合】
Q 飲料の卸業として倉庫を復旧。しかし景気の変化で新業種への転換を検討しています。業態転換の場合も補助金の返還は必要ですか?
A 新業種の倉庫利用が補助金交付の範囲内で、かつグループで行う共同事業の遂行に影響がないと判断できれば、財産処分の申請は不要です。県に相談してください。ただし、倉庫を自家用に使ったり、補助金交付の目的を超える場合、財産処分の申請が必要です。
(石巻民商が宮城県から得た文書回答をもとに作成)
全国商工新聞(2018年6月25日付) |