二重ローン解決で再起めざす
東日本大震災で家族を亡くし、自宅も仕事も奪われた宮城・気仙沼本吉民主商工会(民商)の佐藤信行さん=イチゴ農家。「せめてゼロからの出発を」と震災前の借入金返済の免除を求めています。「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(別項)に基づいて私的整理ができることを知り、債務整理を申し出ました。「二重ローンになれば震災は乗り越えられない。解決して必ず立ち上がる」と決意しています。
震災前の債務免除を申請=宮城・気仙沼本吉
毎朝。自宅の跡地を訪れる佐藤さん
「ここに自宅があって、この辺りにイチゴハウスがあった。イチゴを作り始めて40年、この辺りでは一番早かったね。でも、津波で全部流され、母親も妻も津波にのまれた。国民年金が4月から支給される通知が来て、日帰りでもいいから2人で旅行するかと言ってたが、叶わなかった」。基礎だけが残った自宅の跡地で、佐藤さんポツリとつぶやきました。妻の才子さんが好きだった花を育て、毎朝ここに来て、水をやりながら手を合わせています。
佐藤さんが住んでいた階上杉下地区は住民312人のうち93人が亡くなり、気仙沼市内でも被害が最も集中したところ。母親のヒナヲさんは震災翌日に見つかりましたが、才子さんはまだ見つかっていません。
震災前、佐藤さんは日本政策金融公庫(政策公庫)や消費者金融などから借り入れをし、2000万円の返済が残りました。震災から数日後、これまで相談していた新里宏二弁護士に電話を入れ、返済を猶予してもらうようにしました。
娘と避難所生活を送り、妻を探す日々。気を紛らわすために飲めなかった酒を飲むようになりました。「深夜2時ごろに目が覚めて毎晩泣いてた。イチゴを作りたいと思う気持ちがあっても、盛り土をしてハウスを建て道具をそろえるには1000万円近くの資金が必要になる。借金を抱えたままでは新たな借り入れはできない」と苦しみました。
収入はわずかな年金と週2回ほどのがれき撤去のアルバイト代だけ。先の見通しが立たないまま、夏を迎えました。新里弁護士から「私的整理」のことを聞いたのはお盆を過ぎたころ。法的な手続きによらずに、金融機関などとの合意で返済の猶予・減免が可能になるとの話に「本当にそんなことができるのか」と思ったものの、わらをもすがる思いで私的整理を申請することにしました。
申出書をはじめ過去の収入、負債状況、税金の滞納、債務整理を申し出る経過と事情、事業報告書、財産目録、債権者一覧、家計収支表、事業収支実績表など必要な書類を準備し、佐藤さんは9月14日、仙台市の「個人版私的整理ガイドライン運営委員会宮城支部」に出向き、私的整理を申請しました。
その4日後、佐藤さんは才子さんとヒナヲさんの葬儀を出しました。「一つの区切りだけど、妻が亡くなったことを簡単には受け入れられない。でも妻のためにも、このままでは終われない。農地を復元させてイチゴ栽培を再開させたい」。「私的整理」の結果が出るまで数カ月がかかりますが、佐藤さんは再建に向けた一歩を踏み出しました。
「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」 経営再建が目的
「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」は、破産手続きなど「法的整理」によらずに、金融機関などと震災前の借り入れについて返済方法の変更や借入金の減免などを話し合い、経営困難な個人事業者などを再建させることを目的にしています。8月22日からガイドラインの運用が始まりました。
対象となるのは住居や勤務先などの生活基盤や事業所、事業設備、取引先などの事業基盤が東日本大震災の影響を受け、住宅、教育、車のローンや事業性ローンなどの返済ができなくなった「個人」です。
対象となる債権者は銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、農業協同組合、漁業協同組合、政府系金融機関、信用保証協会、農業信用基金協会、その他の保証会社、貸金業者、リース会社、クレジット会社、債権回収会社(サービサー)など。
債務者は申し出から3〜4カ月以内に弁済計画案の作成が必要ですが、破産手続きにおいて「自由財産」と扱われる財産を手元に残すことが可能です。具体的には、債務整理の申出後に新たに取得した財産、差押禁止財産(生活に欠くことのできない家財道具など)、現金(上限があります)など。生活再建支援金や災害弔慰金、見舞金、義援金は手元に残すことが可能です。
手続きの流れは表1のとおり。必要書類は債務整理開始の申出書、陳述書、財産目録、債権者一覧表、家計収支表、事業収支実績表などです。
社団法人「個人版私的整理ガイドライン運営委員会」が設置され、東京、青森、岩手、宮城、福島、茨城の支部が相談や申請の手続きを行っています(連絡先は表2)。必要書類は同運営委員会のHPにあります。
また、同運営委員会は弁護士や税理士、会計士などの専門家を登録しており、相談や支援を受けることができます。
二重債務解消へ、活用しさらに改善を=弁護士・新里宏二さんに聞く
国が「私的整理に関するガイドライン」を発表し、二重ローンの解消に向けて動き出したことは、阪神淡路大震災の時にはなく、大きな前進です。
ガイドラインが評価できるのは、継続的な収入があっても債務が超過している人は自己破産と同様の清算型の弁済計画があり得る、信用情報が登録されない、保証人の責任は原則免除などの内容が盛り込まれ、復興を促進する内容になっているからです。民間関係者の自主的ルールで法的拘束力はありませんが、金融、商工団体、法務、会計の専門家などが集まる研究会で合意し、金融機関なども協力を約束した意義は大きいと思います。
また、ガイドラインに基いて金融機関が債権放棄をした場合、国税庁は無税償却ができるとの考えを示していますので、金融機関にとってもプラスです。
一方では、ガイドラインが準則にすぎないため、破産状態またはその状態にある債務者しか適用されず、一定の資産がある被災者は対象から外れます。全債権者の同意が必要である、手続きや多重債務処理との関係をどうするかなど改善すべき点も多く、法的措置による債務免除と比べても限界があります。
活用を進め、使い勝手の良い制度になるように改善を求めることが必要です。
全国商工新聞(2011年10月10日付)
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