全国商工新聞 第3376号2019年9月9日付
税務署長による実地調査の事前通知がなかったため、税務署が重加算税などを課税した処分は違法として処分の取り消しを求めていた裁判で、最高裁は上告を棄却しました(2018年11月30日)。この不当判決を盾にして署員が「事前通知の問題は決着した」と主張する事例が報告されています。納税者の権利を守るため、国税通則法(74条の9)を順守し、文書による事前通知を求める運動がますます重要です。鶴見祐策弁護士が判決の問題を解説します。
国税通則法74条の9は「税務署長等」が調査担当の税務署員(当該職員)に質問検査権(74条の2から6)を行使させる場合には調査の対象とされた当該納税者に対してあらかじめ調査することを、その日時、場所、目的、税目、期間、物件など特定して通知しなければならないと定めている。「事前通知」の規定である。
課税処分を受けた納税者が、税務署長の「事前通知」がなかったことを理由に調査の違法を主張して処分取消しを求めた訴訟で裁判所の判決(東京地裁平成29年11月2日判決と東京高裁30年4月18日控訴審判決)があった。いずれも請求棄却(原告敗訴)であるが、見過ごし難い問題がある。
条文は「税務署長等」とある。条文(括弧書き)の文理上「当該職員」の通知があり得ないことは、つとに指摘されていた(品川芳宣教授・税理2014年9月号)。裁判所は「事前通知」の目的が「調査手続きの透明性、納税者の予見可能性の確保」にあると認めながら、地裁は「当該職員」が「税務署長等の補助機関としてその職務を遂行できる」とし、高裁も「これを税務署長等が自ら直接に行わなければならないとみるべき根拠はなく、かえって私人に対する関係では権利義務を形成せず、その範囲を確定するものでもない事実行為として、その事務を分掌する補助機関にこれを行わせても差し支えない」と述べている。
そもそも「事前通知」は「事実行為」ではない。行政手続法の「適用除外」は別論として、その行為の法的性質自体は同法2条6項の「行政指導」と変わらない。「行政機関が一定の行政目的(透明性と予見可能性)を実現するため特定の者に一定の作為または不作為を求める行為」に相当する「行政行為」にほかならない。それは名義表示の「書面の原則」を必然にする。補助機関がなし得るのは当該文書の作成と交付が限度なのだ。
公約に「納税者の権利」を掲げて政権についた民主党は、国税通則法の改正に乗り出した。これに危機感を募らせた財務官僚と呼応する政治勢力による猛烈な巻き返しが展開された。この経過は周知のとおり。最後には政権基盤の脆弱に乗じて納税者の権利保障が骨抜きにされ、課税権力の強化が随所に盛り込まれ、法案自体を変質させる組み替えが行われた。「事前通知」も、らち外ではない。当初案から「書面の原則」が削除された。
これを法的に無縁の「事実行為」とする見解は、課税権の優位保全路線の延長線上のものと言うほかない。立法過程のゆがみが投影された判決と言えよう。
なお税理士法34条の引用部分も見当違いである。納税者が依頼する税理士を除外した税務調査の防止のため通則法の改正の以前に設けられた規定である。行政行為の観点とは関わりがない。
「事前通知」の誠実な履行が適法な調査の起点である。電話や口頭でなく具体的で明確な文書(書面)通知が求められる。併せて「調査手続きの明確化をすすめるため」「調査理由などについて事前に文書で通知を受ける権利」を明記した再改正のさらなる運動が必要と思われる。
税務調査によって法人税の過少申告加算税および重加算税と消費税の重加算税が課せられた農産物などの集荷・販売等を長野県内で営む有限会社(原告)が、税務署長による実地調査の事前通知(国税通則法74条の9第1項)がなかったため、加算税は全て取り消されるべきと主張し、2015年4月3日、決定処分を不服として松本税務署に異議申し立てを行いました。同署は異議申し立てを棄却(6月26日付)。決定書は重加算税に至る過程が書かれ、唯一争点である職員による事前通知が有効か無効かについては完全に無視されました。
さらに原告は7月14日、国税不服審判所に審査請求を行いましたが、署長ではなく職員が事前通知をしたことに「何ら違法性はない」として審査請求を棄却(2016年2月9日付)。同年6月25日、決定処分の取り消しを求めて東京地裁に提訴しました。