全国商工新聞 第3362号2019年5月27日付
2019年5月10日 全国商工団体連合会
「物流危機」が社会問題となる中、全国商工団体連合会(全商連)は10日、「軽貨物運送業の危機打開と健全な発展のために─民商・全商連の提案」(「軽貨物提案」)を発表しました。ドライバーの長時間・過密労働の改善へ三つの打開策を提案。事業者の団結と共同を広げ、監督官庁や大手事業者・業界団体に提案の実現を迫る運動を進めることを提起しています。(関連記事)
多種多様な物流を担う運送業者の存在と、その必死の経営努力によって国民の生活や経済活動が支えられています。いま、その貴重な役割を果たしている運送業者の経営が脅かされ、日本の物流が停止しかねない事態=「物流危機」に直面しています。
宅配便取扱個数だけで年間42.5億個を超えるなど国内輸送需要は近年、大幅に増加しています。「増える荷物、足りない人手」と言われる状況が広がり、運送業界は典型的な「長時間労働・低賃金」状態となっています。労働時間は全職種の平均と比べ1~2割長く、賃金は1~3割低いという劣悪さです。全日本トラック協会によると、「トラックドライバーが不足していると感じる企業の割合」は6割を超えています。とりわけ、軽貨物運送事業者は15万7995者(2017年3月末現在)に上り、全貨物自動車運送事業者数(22万271者)の71.7%を占めるなど、地域や顧客に密着し、日々の物流を担う、なくてはならない存在です。
軽貨物運送事業者は、時間通りにお客様に品物を届けることに誇りを持ち、日々、全国各地を駆けめぐっていますが、その実態は過酷です。「車両の中で、冷たくなって発見された」など、痛ましい事故さえ起こっています。宅配便で約2割に上る「再配達」がドライバーにとって大きな負担となり、「歩合制なので荷物を渡すまで賃金にならない」といった実態が放置されています。仲介事業者からは「うちだって厳しいんだ。文句は発注元に言ってくれ」と言われ、多くの軽貨物の個人事業主は「けがと弁当は自分持ち」で、賃金や就労条件の交渉ができない状況に置かれています。「消費税の上乗せを求めると、『運賃に含まれている』とごまかし、その分『ロイヤルティー』『仲介料』という名目で差し引かれる」など、消費税を支払わない発注者もいます。
国土交通省は「トラック運送サービスを持続的に提供可能とするためのガイドライン」を策定し、運送約款を改正するなど、事態打開へと動き始めています。しかし、その効果は、末端の軽貨物事業者には及んでいない状況です。
物流危機の要因は、ネット通販市場の急成長などを背景に、取扱量が急増する一方、物流を担う人材確保が追い付いていないことにあります。
人材不足の背景には、長時間労働・低賃金とともに、個人事業主が無権利状態に置かれるなど、業界の魅力が失われてきたことがあります。
1990年に施行された「物流二法」(貨物自動車運送事業法、貨物運送取扱事業法)の規制緩和以降、トラック運送業は供給過多となり、運賃が低下してきました。宅配業者は競争が激化する中で、適正な運賃を確保できず、その代償として、ドライバーの賃金・報酬が下げられてきました。重層下請け構造が進展し、末端の軽貨物事業者に不公正な取引が押し付けられてきたのです。
「必要な時に必要な量だけ」という産業界の要請が強まり、消費者にも「今日頼めば明日届く」というサービスが浸透しましたが、その仕組みを下支えするドライバーの就労環境の改善は置き去りにされてきました。こうして「頑張れば稼げる」業界から「しんどいのに食べていけない」業界へと変わってしまったのです。
「あくなき利便性の追求」によって業界の魅力が喪失し、業界の持続可能性さえ危ぶまれる事態が広がっています。物流が止まれば経済活動が停止し、社会は大混乱に陥ります。こうした事態を回避するために、以下の提案を行います。
第一に、適正な運賃・料金体系の確立が急務です。運送業界でも重層下請け構造が形成され、大手運送会社は下請けに配送などを委託・請け負わせ、下へ行くほど就労などの状況は劣悪になっています。この構造にメスを入れ、すでに整備されている物流特殊指定(独占禁止法)および下請法を順守させるとともに、事業者間の公正な取引ルールの確立と適正化を進めることが重要です。
特に、配送料金は再配達までを含む料金にはなっていません。配達先の事情により、配達を繰り返すことを余儀なくされた場合には追加料金が徴収できて当然です。新たな業界ルールの確立が必要です。
また、事業用軽貨物自動車(黒ナンバー)営業では、車両維持・保険料負担はもちろん、社会保険や労災保険などの負担も必要経費になりますが、現状は、それらの負担に耐えられる運賃になっていません。適正運賃の確保にむけ、以下の事項を考慮した運賃体系の確立へ行政の役割発揮が求められます。
(1)軽貨物運送業者の持続的な発展を可能にする適正運賃を
*「車建」(1台いくら)と「個建」(1個いくら)を合わせた『二階建て運賃』を確立する
*運送以外の役務(荷待ち時間、付帯業務など)の対価を運賃と別建てにする
*再配達や深夜帯(午後9時以降)の配達については、実働に見合うドライバーへの賃金や運賃を保証する
(2)事業協同組合等の協定運賃は独禁法の適用除外に
(3)消費税の転嫁拒否を根絶する
第二に、長時間労働を是正し、働きがいのある人間らしい仕事・業界へと転換することが求められます。長時間労働の要因には、荷物の積み込みの待機時間、荷受人の都合による待ち時間や、再配達などの問題があります。先に述べた「適正な運賃設定」を進め、「ドライバー不足」を解消することも長時間労働の是正に不可欠です。
同時に、労働法の規定だけでは、委託・請負の個人事業者を保護の対象外に置くことになるので、重層下請けの末端まで視野に入れた規制を検討すべきです。
「働きがいのある人間らしい仕事」(ディーセント・ワーク)を実現する取り組みは世界で進められ日本政府もディーセント・ワークの実現を盛り込んだ政策を閣議決定しています。建設業界では「週休2日」への取り組みが進められ、コンビニ業界でも「24時間365日営業」が見直されようとしています。事業主を含め、ドライバーの長時間労働を是正するために、次の点が重要です。
(1)「宅配ボックス」設置や「置き配」などを推進し、再配達を減らす
(2)荷物の配達終了まで運賃を払わないとする個建契約の押し付けは、優越的地位乱用として是正する
(3)「自宅に帰るまでの時間」を加えた連続勤務の上限規制を設定し、長時間労働に歯止めをかける
第三は、軽貨物運送事業者を苦しめる発注元や仲介業者の悪質な法令違反を厳しく取り締まることです。国土交通省は2013年9月にバス・トラック・タクシーなど自動車運送事業者に対する監査方針・行政処分等の基準について定めた関連通達を改正し、悪質・重大な法令違反については「即時30日の営業停止」が行えるようにしています。
しかし、取引条件や労働条件の改善は、運行の安全と密接不可分であるにもかかわらず、行政処分の対象とされていません。国土交通省が定めるガイドライン等の取り組みについて実態を掌握するとともに、以下のガイドラインや約款に反する発注元・仲介業者について指導・監督を強めるとともに、次のような厳しい対応が必要です。
(1)「トラック運送業における下請・荷主適正取引推進ガイドライン」「トラック運送業における書面化推進ガイドライン」に基づいて契約を明確化し、発注元・仲介業者に支払い条件をはじめ、ガイドラインの規定を守らせる
(2)「標準貨物軽自動車運送約款」「標準宅配便運送約款」に基づく契約内容を守らない発注元・仲介業者に対して改善勧告や警告を行い、対応を改めない場合は営業停止等の行政処分の対象とする
物流は経済の血流とも呼ばれる、大切な役割を担っています。時間指定や即配、無料配送など過剰とも思えるサービスの提供は、これまでドライバーの、無償を含む過酷な労働と犠牲の上に成り立ってきたと言っても過言ではありません。発注元や仲介業者とともに軽貨物運送業者や消費者も含めて、物流の在り方とサービスの対価について再考すべきではないでしょうか。
例えば、車両の運行に当たって、過疎地域に複数運送業者の車両が乗り入れれば社会資源の浪費となりかねません。一方で、過密化する都市部では配送車両の駐車場確保も容易ではありません。荷捌き場、受け渡し拠点の整備や、地域物流インフラネットワークを整備しつつ、共同配送システムを導入するなど改善が必要です。地球の限られた資源や環境を守るためにも、年間約42万トン(2015年度国交省調査)ものCO2を排出している再配達の削減も急務です。
こうした対策を実現するために、事業者間の対等・平等な自主的連携を促進・支援することも今後の課題です。ドライバーや運送に携わる事業者がその仕事に誇りとやりがいを持てるような環境改善は待ったなしです。
私たちはそのために、事業者の団結と共同を呼び掛けるとともに、国土交通省はじめ監督官庁や大手事業者・業界団体への要請を進めていきたいと考えています。
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