発表にあたって
全商連は「納税者の権利憲章」に盛り込まれるべき内容をまとめた「納税者の権利憲章への提言」を1992年7月に発表しました。2010年11月には「納税者の権利憲章」を第2次案へと発展させ、憲章制定を国に求めてきました。
政府は税務行政のデジタル化や内部事務の一元化を進め、人権無視の調査と徴収を強めています。税務署員の権限強化と納税者への厳罰化、さらには税務相談停止命令制度の創設など、自主申告運動を弱体化させ、申告納税制度を形骸化しようとしています。記帳水準を基準にした加算税の過重措置という二重制裁、電帳法やデジタル化、最低生活費に食い込む税金を課しながら「滞納は悪」とレッテルを貼り、人権侵害の徴収行政が横行する事態です。
しかし、納税者の権利は、主権在民を原則とする日本国憲法に基づく国民固有の権利であり、納税者の権利を脅かす、あらゆる企ては許されません。
このたび発表する納税者権利憲章第3次案には、「生きることが優先する」「税制で商売をつぶすな」という憲法に基づく主権者意識が貫かれています。デジタル化の加速と税務相談停止命令制度の創設を受けてプライバシー権などを加筆し、解説部分も簡潔にまとめました。政府が戦争する国づくりの策動を強めていることを重視し、保障されるべき基本的権利として「平和的生存権」を掲げています。
この第3次案を大いに学び、生かすことが、不当な税務行政から身を守り、税務署員の誤った認識を是正させる力になると確信しています。
「税務相談や税務調査の立ち会いは自由」など、世界で最低基準となっている「納税者の権利憲章」制定を求める共同の発展に役立てていただければ幸いです。
「納税者の権利宣言」(第5次案)とあわせて、大いに活用し、消費税・インボイスの廃止など民主的な税制と税務行政の確立に力を合わせましょう。
2023年8月26日
全国商工団体連合会
納税者の権利憲章(第3次案)
基本原則
日本国憲法は、「国民こそが主人公」であることを宣言し(前文)、すべての国民は個人として尊重される権利を定めています(11条、13条)。この憲法原則は、租税国家である我が国の税制・税務行政の分野においてこそ、貫かれるべきであり、国は積極的に国民に保障しなければなりません。そして、現代税法は課税権の限界を明示し、国民の財産権を保障するものでなくてはなりません。
憲法30条は「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」とし、84条で「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律に定める条件によることを必要とする」と租税法律主義を規定しています。税法は、課税団体、納税義務者、課税物件、課税標準、税率などを実体的に規定しています。法律によらなければ租税を課してはならないという租税法律主義は税務行政のあらゆる場面に貫かれなければなりません。
申告納税制度を基本とするわが国では、国民は自ら行う申告により税額を確定する自主申告権を有しています(前文、13条、14条、国税通則法16条)。
憲法31条は「適正手続き」を規定し、税務調査においても徴収においても厳格に保障することを要請しています。租税法律主義や適正手続きに反する税務職員による質問検査権の行使は許されません(13条、31条、34条、35条)。
憲法は、「健康で文化的な最低限度の生活」を国民に保障し(25条)、「幸福追求権」(13条)、「法の下の平等」(14条)、「財産権の保障」(29条)に基づき、応能負担や生活費非課税の原則を税制に貫くよう要請しています。生活費に食い込む税金は、生存権と財産権を侵害し、憲法原則に違反しています。憲法25条に基づく課税最低限は定期的に見直されるべきです。時間的、心理的、実務的など多岐にわたる納税協力コストはゼロに近づけられねばなりません。
憲法98条は憲法を「国の最高法規」と定め、憲法に反する行為は、「全部又は一部、その効力を有しない」と規定しています。税務の執行にあたる公務員は「憲法遵守義務」(99条)に基づき、憲法原則を厳守しなければなりません。
憲法原則は地方税・社会保険料についても適応されます(92条、地方自治法1条)。
こうした規定は、イギリスのマグナカルタやフランス革命の人権宣言でも明らかにされ、いまや世界の常識であり、備えるべき最低基準となっています。
憲法の保障するこれらの原則は、あらゆる機会を通じて国民に保障され、侵すことのできない納税者の権利として確立されなければなりません。
納税者に保障される基本的権利
1、すべての国民は平和的生存権及び基本的人権を保障され、誠実な納税者として尊重される。
「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」(憲法11条)というのが、納税者権利憲章の大前提です。
税務署及び税務の執行にあたる公務員は憲法遵守義務を負っており(憲法99条)、国民の基本的人権を保障しなければなりません。
2、申告納税制度の原則は、すべての納税者に保障される。
国税通則法16条は「納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則」と定めています。「申告・納税」は、主権者・国民としての重要な権利の行使であり、税務職員がこれを尊重するのは当然で、侵害することはあってはなりません。
給与所得者であっても、年末調整にするか申告納税にするかは本人の選択制とすべきです。
3、デジタル化が進められる税務行政においても、国民のプライバシーは最大に保護され、個人情報へのアクセスを制限する権利が保障される。納税者が求める場合、納税者固有の情報は本人に全面的に公開されなければならない。
税務行政のデジタル化で、データのダウンロード、持ち帰りなどが強行されています。国民には、国及び地方自治体等がプライバシーに干渉しないよう求める権利があります(憲法13条)。
税務署による個人情報へのアクセスは事前承認を必要とし、情報の管理・運用は国民の監視を受け、税務署が保有する納税者個人の情報は本人に全面的に公開されなければなりません。
個人情報とひも付けて徴収の強化や給付の抑制に利用し、監視国家にもつながるマイナンバー制度は廃止されるべきです。
4、納税者は税務相談や税務書類の作成を誰にでも自由に依頼する権利が保障される。
税金について相談し、教え合うことは本来自由です。国家権力が介入し、厳罰で停止させることは憲法11条(基本的人権)、13条(個人の尊重・幸福追求権)、21条(集会・結社の自由)、28条(団結権)に反します。申告納税制度の下、世界の主要国では市民ボランティアが税務援助を行っています。日本でも税理士業務を「有償独占」とし、税理士以外でも自由に税務相談等に応じることができるよう税理士法と基本通達を改めるべきです。
5、納税者は、税務調査(税務職員の質問検査権の行使)に当たって、常に丁重、かつ配慮ある取り扱いを受ける。以下の納税者の権利について「誰でもわかる文書」で告知される。告知なく行われた調査はそれだけで無効となる。税務職員は、これらの諸権利を保障し、順守する義務を負う。
(1)納税者の都合が最大限尊重され、事前通知なく行われた調査は無効となる。
税務職員の「質問又は検査の権限」は、「犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」(国税通則法74条の8)と明確に制限されています。
「納税者に対して親切な態度で接し、不便をかけないように努めるとともに納税者の苦情あるいは不満は積極的に解決に努めなければならない」と国税当局が自ら定めた税務運営方針は厳格に守られるべきです。
(2)調査理由について具体的に説明を受ける。
申告納税制度のもとでは税務調査はあくまでも例外的行為です。事前に通知し、調査理由を開示することを法律で定め、予告なしの調査はそれだけで違法・無効とすべきです。
(3)反面調査にあたっては、本人に告知し、差し止め権が付与される。
反面調査は、客観的に正当な理由がある場合に限られます。本人調査を尽くし、事前に通知しなければなりません。取引先の信用を失い、取引停止となる実害も生じることから、実情に応じて差し止められる権利が付与されます。反面調査に関する手続き規定も整備されるべきです。
(4)第三者の立ち会い及び、調査内容の記録や録画・録音が認められる。
第三者の立ち会いが必要な理由は税務当局の違法、不当な行為から納税者の権利を守ることにあります。「守秘義務がある」「税理士法に違反する」と拒みますが、誰を立会人とするかは税務職員側の問題ではなく納税者側の権利の問題です。税務職員の守秘義務とは、納税者のプライバシーを税務職員が漏らすことを禁止しているもので、立ち会い排除の理由にはなりません。本人のそばで勇気づける行為は税理士法でも禁じられていません。
密室での違法調査を防止するための録画・録音は当然、認められるべきです。
(5)課税処分は、実額課税が原則であり、推計課税は制限される。制裁的条項は制限されなければならない。
本来、課税標準及び税額は納税者の申告によって確定するものです。税務当局がこれを変更しようとする場合には、実額計算によって誤りを具体的に示すべきです。
提示された帳簿等を確認せずに行われる推計課税はそれだけで違法です。例外的に推計課税が行われる場合でも、推計方法にも客観的合理性が要求されます。
消費税法30条7項を根拠に、横暴な税務調査による「仕入税額控除否認」が行われています。インボイス制度で取引実態があるのに仕入税額控除を認めないことと併せ、納税者に消費税の二重課税を強いる制裁条項は廃止すべきです。
税務調査の立ち会いを口実に帳簿等を故意に確認せず、見なかったから「保存していない」と勝手な判断によって課税処分を下すことは断じて許せません。
(6)課税処分に当たっては、事前にその理由を十分知らされるとともに、聴聞、反論の機会が保障される。
税務署の更正や決定の処分に対して、異議申立人が意見を述べ、反論しようとしても、処分の理由の「告知」がなければできません。
憲法で規定されている適正手続きを保障するためには、「告知」と「聴聞」が最低条件です。
6、徴収に当たっては、営業と生活の継続が保障され、適正手続きが厳守される。
(1)滞納した納税者も常に丁重かつ配慮ある扱いを受ける。
滞納していても、納税者は常に丁重、かつ配慮ある扱いを受けるのが憲法の要請する原則です。
納税緩和制度を活用している場合は滞納とみなさない扱いを徹底すべきです。納税者の実情を十分踏まえた上で、納付資力の判定を聞き取り、納税緩和制度を優先的かつ積極的に適用することは、税務職員に課された職務上の法的義務です。
納税緩和制度を徴収強化のために悪用することは許されません。
(2)生存権的財産、売掛金の差し押さえは禁止される。
憲法の応能負担原則は、課税面のみならず徴収面にも及びます。
納税者の生存権を保障するために差押禁止財産や納税の猶予などの救済規定は厳守されなければなりません。徴収に当たって税務職員が行う「質問、検査又は捜索」は、「犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」(国税徴収法147条)と明確に制限されています。令状のない捜索は、住居の不可侵を規定している憲法35条に違反しており、行うべきではありません。
国税徴収法を改正し、憲法理念に沿って次の規定を盛り込むべきです。①督促から差し押さえに至る期間(10日間)を少なくとも30日間とし、執行停止制度を導入する。②給与が含まれる売掛金の差し押さえは禁止する。③「滞納処分」による生存権や財産権の侵害は許されないことを明確にする。④換価の猶予及び滞納処分の停止の申請を不承認または承認取り消しとする場合は、必ず聴聞または弁明の機会を与える。⑤滞納処分の手続きにあたっては、納税者に対し平易に分かりやすく十分に説明することを徴税職員に義務づける。
7、権利救済である不服申し立ては、国税庁とは独立した機関で審査される。国税不服審判所は内閣府に設置し、職員は税務職員とは独立して審査に当たる。
権利救済機関の審査を経るか、直接訴訟で争うかは納税者の選択にゆだねられる。
納税者は不服審査や訴訟で争っている場合、税額は不納付のままで公平な審査を受けることができる。その間、延滞税・延滞金は課されない。
不服申し立ては、税務署長が自ら行った処分が適法か否かを見直すことが目的です。再調査の請求は、権利救済を目的とする制度の趣旨に即し、罰則付きの調査権は認められません。
また、審査請求を行う国税不服審判所は権利救済機関として、内閣府に設置するなど独立性を保つ必要があります。
8、納税者は公正な裁判を受ける権利があり、裁判は総額主義ではなく争点主義で行われる。
「手続きに違法があっても、その結果としての処分は有効」という判決が出されています。これでは税務署の違法な調査を野放しにすることになります。違法な手続きによる処分はそれだけで取り消されるべきです。
裁判所は、総額主義ではなく争点主義を採用すべきです。不服審査や取消訴訟においては、原処分の適否が争点となります。その処分が適法であることの立証責任は税務署が負い、立証がない限り、裁判所は違法な処分として取り消さなければなりません。
9、納税者オンブズパーソン(行政監察官・苦情処理担当者)制度を設置する。納税者オンブズパーソンの納税者救済命令や勧告は税務当局及び議会で尊重される。
国、自治体から独立し、税務当局による権力の乱用を監視し、是正を図る機関がオンブズパーソン制度です。その使命は徴税権・調査権をもつ税務署とは独立して納税者の権利を守り、税務行政上の行き過ぎや誤りを正すことです。
オンブズパーソンには納税者救済命令を出す権限が与えられ、税務当局は原則としてこの命令に従わなければなりません。
10、納税者の権利を確立するために、税務職員の民主的な諸権利は保障され、課税、徴収のノルマによる勤務評定は禁止される。
憲法を擁護し、納税者の権利を尊重するよう、税務職員への教育を徹底する必要があります。
納税者の権利が保障されるためには、税務職員に課税処分や徴収のノルマが課せられることがあってはなりません。ノルマによる勤務評定は止めるべきです。また税務職員が労働者として有する権利の保障は納税者の権利確立の前提であり、所属労働組合による差別は許されません。
以上