「社会保険料の納付が困難で、年金事務所に相談しても『払え』の一点張り」「無理な支払額で誓約書を書かされ、払えないと差し押さえされた」―。「社保倒産」が社会問題になった今年、全国商工団体連合会(全商連)には約2日に1件の割合で納付相談が寄せられています(図1)。2023年の差し押さえ件数は22年比で1・5倍に、今年1~10月の「社保倒産(税金含む)」は前年同期比の2.2倍に急増。にもかかわらず、自公与党は年金の財政難を口実に、社会保険の加入適用事業所の拡大案を来年の通常国会に提出しようとしています。「106万円、130万円の壁の見直し」を打ち出しますが、中小業者の負担増は必至です。
全商連が院内集会 実態告発と改善提案
全商連は11月27日、「社会保険制度の改善提案」を発表(左下に概要)。併せて、国会内で「『社保倒産』ストップ!社会保険制度の改善を求める告発集会」を開き、全商連の岩瀬晃司副会長をはじめ民主商工会(民商)会員ら45人が参加して実態を告発し、厚生労働省に制度や運用の改善を求めました。
商売つぶす徴収
「浦和年金事務所の担当者は、こちらが示す経営状況や納付計画などには目も通さず、『社会保険料の支払いより大事なものがあるのか』と言わんばかりの高圧的態度だ。滞納した3千万円の一括納付は今すぐは難しいが、せめて相談に乗ってほしい。徴収を行う職員は滞納者に寄り添った対応をしてください。後継者もいるので、事業を続けたい。この気持ちを年金事務所にも、くみ取ってほしい」(埼玉・川口民商、Iさん=製造)
こう当事者の訴えを紹介したのは、同民商の大桑雅彦事務局長です。「Iさんは、コロナ禍で支払いを猶予されていた滞納分3千万円を、担当者が交代した途端、一括納付を迫られた。納付計画を示しても『そんな額では話にならない。差し押さえしかない』の一点張りだ」と告発。他の4件の滞納相談も、同じ職員が担当していると述べ、「この職員は短期間の無理な分納を求め、払い切れなければ、一括納付か、差し押さえかを迫る。商売をつぶすような強権的徴収は、おかしい」と訴えました。
省側は「日本年金機構を通じて、指導をしている」との回答に終始。社会保険料の事業主負担分の減免制度創設には「慎重な検討が必要」と述べるにとどまりました。
直接支援を要求
愛知・昭和天白瑞穂民商の榊原晋会長=土木=は「従業員5人の給料を引き上げたが、自分の預貯金から身銭を切った。給料を上げれば、社会保険料の事業主負担も増える。事業の継続と賃上げの両立を図るため、事業主負担への支援制度を作ってほしい」と要請しました。省側は「経済産業省の支援策など、多角的な制度を活用してほしい」との回答にとどまりました。
全商連の中山眞常任理事が「改善提案」を示しつつ「大企業と町工場の社長の社会保険料負担率の差は187倍にも上る(図2)。応能負担になっていない。小規模企業振興基本法の付帯決議に基づき、負担軽減を図るべきだ」と訴えました。
同席した日本共産党の田村貴昭衆院議員は「物価高騰や人手不足が問題になる中、中小企業への直接支援が不可欠だ。政府は『賃上げ』を叫ぶが、そのためには、事業者の社会保険料負担への支援も必要だ」と強調。「年金事務所への指導は機構を通じてではなく、直接、年金事務所長に行うべきだ」と改善を求めました。
社会保険制度の改善を【概要と一部解説】 2024年11月27日 全国商工団体連合会
1、社会保険料の納付困難に直面する中小事業者の実態
①「社保倒産」が増加
2023年度、厚生労働省は、滞納事業所14万2119件に対し、3割に上る4万2072件の差し押さえを行っています。24年1~10月に「社会保険料滞納(税金含む)」が一因の倒産は155件と前年同期の2.2倍に急増し、年間最多を更新しています(東京商工リサーチ調べ)。
②社会保険料の納付が困難になる背景
「社保倒産」が増加する背景には、①社会保険料が「応能負担」になっておらず、赤字でも納付を迫られる②コロナ禍で猶予されていた社会保険料が新規発生分に上乗せ徴収されている(20年4月から停止されていた社会保険料の滞納処分が21年4月以降、段階的に再開)③長引く物価高騰や賃上げへの対応など、中小事業者の経営が困難になっている④国税徴収法を無視した売掛金や預金の差し押さえなど、過酷な徴収が行われている―ことによる資金繰りの行き詰まりがあります。
2、拙速な加入対象事業者の拡大がもたらす影響
政府は社会保険の適用事業所の拡大案を来年の通常国会に提出しようとしています。
資金繰りの行き詰まりが解消されないまま、小規模事業者にまで適用を拡大させれば、負担が増加し、「社保倒産」が加速しかねません。社会保険料負担で、雇用が維持できなくなるという本末転倒の事態さえ懸念されます。
従業員5人以上の事業所に働く約200万人が社会保険に加入すれば、国民健康保険(国保)に加入していた有業者が減少し、自治体の国保財政を悪化させ、国保料・税の引き上げにつながるなど、影響は少なくありません。
3、「社保倒産」をなくすために、以下のように制度を改善するよう提案します。
①協会けんぽへの国庫補助を20%に戻し、小規模企業の保険料負担を緊急に引き下げ、社会保険料を応能負担原則に切り替える。
【解説】協会けんぽへの国庫負担は16.4%~20%の間で、政令で定めるとされています。現在は下限の16.4%ですが、これを法定上限の20%に引き上げれば、単純計算で国庫負担は約3千億円増加し、保険料を3%程度引き下げることができます。
②小規模企業振興基本法の付帯決議に基づき、小規模企業の負担を軽減する支援策を実行し、減免制度を実施する。
【解説】従業員と事業所が保険料を折半する仕組みのため、保険料負担の増加が賃上げの足かせとなっています。従業員規模に応じて、事業所負担分を50%から漸減させ、その分を政府が負担する仕組みや、業況に応じた減額を可能とする制度構築など、早急に手当てすべきです。
③「国税徴収法」に沿った徴収手続きを徹底する。新規分の納付を優先し、猶予分の納付は最低限の分納か棚上げにするなど、小規模企業の資金繰りに配慮した対応を行う。国税徴収法の要件に該当する場合は柔軟に執行停止を適用する。
【解説】厚生労働省の責任で、年金事務所職員への徴収手続きの研修を行い、小規模事業者の経営状況に寄り添った、丁寧な対応を取るよう徹底することが必要です。被保険者の受療権を侵害することなく、事業主負担分の執行停止が行える制度改正が求められます。
小規模企業振興基本法の付帯決議(抜粋)
「五、法人事業所及び常時従業員五人以上の個人事業所に義務付けられる社会保険料が、小規模企業の経営に負担となっている現状があることに鑑み、小規模企業の事業の持続的発展を図るという観点に立ち、従業員の生活の安定も勘案しつつ、小規模企業の負担の軽減のためにより効果的な支援策の実現を図ること」