導入まで1年 「新人作家の夢、可能性つまないで」 作家・柚木麻子さんに聞く 消費税インボイス「絶対駄目」|全国商工新聞

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 幅広い女性たちを中心に人気を集める作家・柚木麻子さん。小説の主人公は、男性中心の社会に居心地の悪さを覚える女性たちです。日常の仕事や家事、育児などで体験する話題がちりばめられ、男性を基準にした社会のルールを打ち破り、力強く生きる女性たちの姿に元気づけられます。柚木さん自身、社会に厳しい目を向け、声を上げています。導入まで1年と迫った消費税のインボイス(適格請求書)制度についても「駄目、駄目、絶対駄目。新人作家の夢と可能性をつまないで」と訴えています。

断った体験から

△ゆずき・あさこ
1981年8月2日、東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。洋菓子メーカー勤務などを経て、2008年にオール讀物新人賞を受賞。10年に『終点のあの子』でデビュー。『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『BUTTER』『マジカルグランマ』など5回直木賞候補に。『ランチのアッコちゃん』など映像化された著書も多数。

 近著『ついでにジェントルメン』(文藝春秋)は、ストーリーがつながっていく連作短編ではなく、初の独立短編集。全く異色の7編が収録され、巻頭の「Come Come Kan!!」は柚木さん自身の体験が反映された話です。『オール讀物』で新人賞を受賞した女性作家・原嶋覚子が、編集者から連作短編を書くことを求められ、スランプに。そんな覚子の前に文藝春秋社のサロンに鎮座する、同社創設者の菊池寛の銅像が話し掛けます。
 「ちょっと思うのがさ、新人賞をとった短編作品に縛られることはないっていうこと。全く違う作品を書き始めてもいいんじゃないの?」「編集者のいうことをなにからなにまで守る必要なんてないんだからさ。…君が書きたいものは、君が決めなきゃ」
 覚子は菊池寛と会話を重ねるうちに、ルールに縛られた不自由な生き方から解放されていきます。
 「私も『オール讀物』の新人賞を受賞し、デビューしてから、ほとんどが連作短編です。編集者から『短編を長くできないか』と言われ、悩みました。そのうち書く楽しさを忘れ、『本当に小説を書きたかったのかな…』と思うようになり、菊池寛の幻覚が現れ、連作短編を書くことをやめました」
 『ついでにジェントルメン』も編集者から「巻頭を連作短編に」との提案がありましたが、初めて断りました。
 「今だから断れたけど、新人の時だったら編集者の言うことは絶対で、ましてやベテラン編集者相手だったら、なおさら。嫌とは言えない」
 身を持って体験したことが、インボイスに反対する理由につながっています。

『ついでにジェントルメン』

(文藝春秋1400円+税)

 文藝春秋創始者・菊池寛の幽霊が、小説を書けなくなった女性の新人作家を励ます「Come Come Kan!!」をはじめ、老年作家が自身のベストセラー作品の舞台となったホテルの変容に戸惑う「渚ホテルで会いましょう」、会員制の鮨屋にエルゴ紐で乳児を抱っこした女性が入ってくる「エルゴと不倫鮨」、ダメ夫から逃げ出し、実家に戻った妻のもとに義父が訪ねてきた「立っている者は舅でも使え」などなど。どれもユニークで痛快です。
 最終話「アパート一階はカフェー」には再び、菊池寛が登場。史実を基に書かれた話です。菊池寛は、女性専用のアパートカフェに資金を出しますが、「金は出しても、口は出さないし、見返りも求めない」のが彼の姿勢。「女性を救ってあげるという思い込みをすて、さりげなく力になるくらいの姿勢がいい」。書名『ついでにジェントルメン』には、そんな思いが込められています。

新人の孤立招く

 新人作家の多くは収入が1千万円以下の免税事業者ですが、インボイスを発行するために、課税事業者を選択するか、免税事業者のままで、原稿料の消費税分の値引きを受け入れるか、迫られます。どちらにしても収入は減り、新人作家の生活が脅かされます。同時に懸念するのは、インボイスによって「新人作家が孤立してしまう」ことです。
 「売れたとしても、ずっとその状態は続かない。売れなくなったら『自己責任』。だから、つぶれないように作家同士で連絡を取り合って励まし合っています。ある会社で誰かに原稿料の不払いが起きたら、情報を共有し、自分の分の入金が滞ってないか注意しています」
 インボイスによって作家仲間との関係はどうなるのか―。
 「本を売るために、作家同士がライバルになって、自分にあまり合わないタイプの小説を無理して書いて、本意で書いたものではないので批判にも耐えられず、作家人生が終わってしまう人が増えるのでは、と心配です。デビューしたての頃は作風も定まらないし、試行錯誤する中で『今回、売れなかったけど、納得したものが書けたかな』などの小さな自信が積み重なって成長するわけですよ。インボイスは『試行錯誤するな』と言っているようなもの。私が新人の時にインボイスがあったら今、確実に存在していないでしょう。作家の可能性を閉じる制度は絶対反対です」
 声を大にする柚木さんは「氷室冴子青春文学賞」などの選考委員を務める中で、新人作家の可能性を感じています。同賞は「青春」をテーマにした作品を募集。まだ世に出ていない優れた才能を発掘しています。
 「新人が書く小説は、荒削りなところもあるけれど、読んでいて楽しいし、面白い発想もあって、豊かでいいなと思いますね。後発が育たないと文化もやせ細り、売れている人にとっても、つらい時代になってしまう」

作家仲間と情報共有 「自己責任」より助け合いで

 デビューして13年。当初は社会のことなど全く考えず、「自分一人が売れればいい」と考えていました。そのうち、思うような小説が書けなくなりました。そんな時に誘われたのが、女性作家だけの温泉旅行。人生が大きく変わりました。お互いの状況を語り合い、作品について悩んでいた仲間の作品をどうすれば売れるようになるかをみんなで考え、宿で助け合いが繰り広げられました。
 「作家がジャニーズに夢中になっていいんだ。『原稿料が払われるか』と、お金の話をしていいんだ。作家は孤立せず、つながっていいし、情報を共有していいんだって、めちゃめちゃ楽になったんですよ」
 それから作家仲間と情報を共有し合い、社会にも目を向けるように。5年前に出産してから、その目はさらに厳しくなりました。
 「街中でベビーカーを蹴られ、保育園にも40カ所落ちて『うっそー』と叫びました。家族が病気になった時、一人で子育てをしなければならなくなり、『どうして、こうなるの?』って」
 さらにコロナ禍が襲い掛かりました。「取材にも行けず、小説が途中で書けなくなった時、今まで社会とつながっていたから小説が書けたことを実感し、『声を発せられる場にあるんだ』と思うようになりました」
 今年4月には、作家の山内マリコさんとともに「原作者として、映画業界の性暴力・性加害の撲滅を求めます」の声明を発表。三浦しをんさん、西加奈子さん、湊かなえさんらが名を連ねています。
 「今回、好意的に報道されましたが、5年前だったら、たたかれたと思うんですよ。ここ数年で日本のジェンダーに関する意識は、めちゃめちゃ変わった」と感じています。

政治にも声上げ

 一方で「作家が政治的な発言をして大丈夫なのか」という声も。「『政治的な話はしない方がいい』と言う人は、自分は生涯安泰だと思っているんでしょうね。でもインボイス反対なんて興味ないし、自分はうまくいってるから関係ないという人が、いつ収入が1千万円以下になっても、今はおかしくない。みんなで助け合って、おかしなことには声を上げ、社会全体を良くする。商店街を取材していると、みんなで助け合っている姿は、見習わなきゃって思いますね」
 次作は奨学金を抱えている20代の女性と、「自己責任」で落ちぶれた金持ちの40代の女性との友情の話です。
 「落ちぶれて、お金はないけど、豊富な知識と文化的素養を20代の彼女に授けます。これまでと違ったストーリーで、誰も予想しない結末になると思いますよ。今、落ちぶれた金持ちを研究中です」。胸を躍らせながら執筆に励んでいます。

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