参院選では、物価高騰と円安への対策が一大争点です。「異次元の金融緩和」に固執し、政策転換を拒む日銀に対し、「消費税を減税して物価を下げる政策」をと訴えるのは、「暮らしと経済研究室」主宰の山家悠紀夫さんです。「異次元の金融緩和政策」が日本経済に何をもたらしたのか、物価高騰対策に何が必要か、聞きました。
―米国や欧州の中央銀行が金融引き締めへと動いています。その背景に物価上昇があるのでしょうが、この政策をどう評価しますか?
山家 原油価格や農産物価格の高騰を背景に、各国でインフレが進んでいます。また、米国で顕著ですが、コロナ禍による不景気からの脱出が進んでいます。景気拡大により物価が上昇に転じている、ということもあります。
中央銀行の最も大切な役割は通貨価値を維持する(インフレを防ぐ)ことにあり、各国とも極めて真っ当な政策を取っているといえます。
―そうした中で一人、日本銀行は「金融緩和政策を維持する」としていますが、これでいいのでしょうか?
山家 良くはありません。政策を全く変えていないために、日本と米国あるいは欧州との金利差が広がり、円安を生んで、それが、日本のさらなる物価上昇を招いています。
円の対ドル相場で見ますと、昨年の夏ごろまでは1ドル=110円前後だったのですが、直近(6月21日)には1ドル=135円前後にまで下落しています。低金利を続けている円でお金を借りて、高金利のドルに乗り換えて運用する(円売り、ドル買い)の動きが強まった結果です。
5月の輸入物価指数を見ますと、契約通貨ベースでは前年比27%の上昇ですが、円ベースでは43%の上昇となっています。
その差16%は円安によるものですから、円安は輸入物価を押し上げています。それが近い将来、消費者物価(すでに5月には前年比2・4%にまで上昇率が高まっています)をさらに押し上げることになりそうです。
金融緩和を続けるなら 物価低落へ消費税減税を
緩和やめたら国債が値崩れ
―なぜ日銀は、米欧の中央銀行のように金融政策を変更して、せめて円安による物価上昇を防ごうとしないのでしょうか?
山家 そうしたくても、恐ろしくてできないというのが本音だと思われます。
今、日銀が変更しようとしていない金融政策とは、およそ10年前の2013年4月に、黒田東彦総裁の下で開始した超金融緩和政策のことです。総裁自らが「異次元の金融緩和」と名付けた政策です。それまで日本銀行はもとより、どの国の中央銀行も実施したことのない超緩和政策です。アベノミクスの「第1の矢」とされた政策でもあります。
10年近く続けてきたその政策を変更したら何が起こるか、日本経済がとんでもない混乱に陥ってしまうかもしれない ― そのことが怖くて政策変更ができない、ということだと思います。
―どんな「大混乱」が起きると恐れているのでしょうか?
山家 大きな混乱が三つ予想されます。
一つは、日本政府が既に発行し、市場で売買されている国債が大きく値崩れしてしまうということです。
今、政府が発行している国債は1千兆円を超えています。それを保有しているのは、日本銀行500兆円超、民間銀行150兆円、生損保210兆円といったところです。公的、私的を合わせて年金基金も60兆円ほど保有しています。大半が超金融緩和政策の下で発行された国債ですから、金利は、そのほとんどがゼロ%台。そうした状況の下で金融緩和政策をやめにしますと、やめた後で新しく発行される国債の金利は物価上昇率+α%、ということになるでしょう。
金利2~3%という国債が市場に登場します。そうすると古い国債は、そのままでは売れません。1千兆円を超える国債が仮に2%値下がりするとすると、全体で20兆円近くの損失(売却損もしくは評価損)を誰かがかぶるということになります。日銀の決算は大赤字となるでしょうし、民間銀行、生損保の中には、つぶれるところが出てきかねません。
株価の暴落や国債費激増も
恐ろしいことは、まだあります。懸念されることの第2は、株価の暴落。第3は、政府の国債費(金利支払い)の激増(22年度予算では24兆円ほどにとどまっていますが、2倍~3倍?に激増してしまうこと)などなどです。
だから、金利を上げたくても上げられないのです。
―アベノミクスは大変な負の遺産を残しているのですね。金融政策の変更が難しいことは分かりました。といっても、物価が上がるのも困ります。妙案はあるのでしょうか?
山家 とりあえずは、消費税を減税(5%に、もしくはゼロ%)して物価を下げるという方法が考えられます。政府与党には全くその気がないようですが、世界では91の国と地域が消費税減税に踏み出しています(全商連調べ)。政府がその気になれば、消費税を減税することは、できるのではないでしょうか。