「消費税のインボイス制度で出版文化をつぶすな」―。ライターやイラストレーター、漫画家、カメラマン、翻訳家など出版業界などで活躍するフリーランスが、インボイス制度の中止を求めて声を上げています。「フリーランス・個人事業主の市民の会」を発足させたのは、ライターの小泉なつみさん。居住地の東京・東村山市議会に陳情書を提出したのをはじめ、勉強会の開催や財務省へのヒアリング、記者会見の実施に尽力。オンラインで集めた署名は、約1週間で3万人を超えました。原動力は、何一つ納得できないことを押し付ける国への怒りです。
政治変えたいと行動
フリーランス・個人事業主の市民の会 小泉なつみさん=ライター
消費税40万円も
「私が課税事業者になった場合、消費税額はどのくらいになりますか」
「30万円から40万円ほどでしょうか」
小泉さんは昨年10月、税理士から聞いた消費税額に心底、驚きました。「それって、1カ月分の収入じゃん」。危機感を感じた小泉さんは、ライターの仕事を後回しにして、インボイス制度反対の活動に走り出しました。
「でも、何をすればいいの?」。手探り状態の中で力になったのは、ネットでヒットした全国商工団体連合会(全商連)の活動でした。ホームページにある署名用紙や請願書のひな形を発見し、「全部そろってる。この人たちに頼むしかない」。小泉さんが、「請願書を使ってもいいでしょうか」とメールを送ると快諾されました。
「やったー」。早速、知り合いの東村山市議・さとう直子さん(共産)に相談し、12月議会に陳情書として提出。陳情書のひな形をネットに載せたところ、2600ものリツイートが。「みんな、声を上げる場を求めている」。小泉さんは、自らの活動に確信を深めました。
大病を患う中で
12月4日に勉強会を企画し、同16日には財務省へのヒアリングと記者会見を設定。SNSでは「STOP!インボイス」のオンライン署名を立ち上げ、連日、制度の問題点を発信しながら、勉強会やヒアリングへの参加、署名への賛同を呼び掛けました。
顔や実名を出しての行動は、不安とのたたかいでした。「仕事を切られるかもしれない」との思いが付きまといましたが、それでも突き進んだのは、「インボイス制度が導入されれば、つぶされる」との思いがあるから。記者会見の場で小泉さんは、あふれる涙をこらえながら、思いの丈をぶつけました。
「私は第1子を出産した後、大腸がんが発見され、受精卵の凍結をしました。インボイス制度のことを知って、2人目の子どもを生むのは無理かもと思いました。私たちの未来を応援するのではなく、不安にさせる制度が、どうしても納得できない。だから私はここに立っています」。小泉さんの言葉に参加者は、胸を詰まらせました。
ライターとして書籍やフリーペーパー、映画パンフレット、広告、Web記事の企画などを手掛けてきた小泉さんが初めてインボイス制度の問題を知ったのは2019年ごろ。消費税が10%に増税された年でした。
「なんかやばい制度が導入されるらしいって、友人や業界の中で話題になって、自分で調べてみたけど、内容を理解するには情報が少なくて、諦めたんですよ」
その頃、小泉さんは前年11月に発見されたステージ3の大腸がんの抗がん剤治療を受け、生きることで精いっぱい。インボイス制度の問題を深める余裕はありませんでした。一方で、大腸がんの発見を通じて、「自分は鈍感な強者だった」と気付き、社会に目を向けるきっかけにも。コロナ禍で、感染を拡大させた政治の在り方にも疑問を感じました。
「政治を変えたい」。2021年秋の衆院選で投票率アップを目指す「センキョ割」運動を手伝うなど、これまで社会活動に参加したことがなかった小泉さんは、小さな一歩を踏み出しました。
怒りが噴き出し
12月4日の勉強会には視聴を含め、50人ほどが参加。小泉さんが司会を務め、全商連の中山眞常任理事が制度の内容と問題点を説明。参加者との結び付きも広がり、小泉さんは手応えを感じました。
東村山市への陳情書は、保守系議員から「消費税が免税事業者の懐に入っている」などの「益税論」が噴き出し、不採択になったものの、オンライン署名は1週間で3万人を超え、小泉さんを勇気付けました。
「私たちの声を聞いてください」。財務省へのヒアリングの冒頭、3万1570人分の署名と寄せられた声(上の別項)を手渡しました。
ヒアリングで、同省の担当者は「簡易課税を選択すれば、インボイスは必要ない」「必ずしも課税事業者になる必要はない」などの説明に終始。会場から怒りの声が噴き出しました。
「その説明は、出版業界では全く通用しない」と声を大にしたのは、編集者の杉村和美さん。あまりにもフリーランスの実情を知らない担当者に、怒りが収まりません。「原稿料は下がり続け、生活をするのがやっと。業界では売り上げが1千万円以下のフリーランスに消費税は上乗せされず、内税にされている。モノを言えば、力関係で仕事が切られる。免税事業者のままでも課税事業者になっても仕事は成り立たない。インボイス制度はフリーランスつぶしの制度」
ファイナンシャルプランナーの菊地季美子さんも「広い視野と言われたが、国民という森の中に、私たちのような木があることを考えていますか。枯れてしまって空洞になった木や、死にそうな木が存在している。私たちは当事者としてここに来ているけれど、何一つ納得できないし、安心が得られなかった」と激怒。財務省の説明は、参加者の怒りに火を注ぎました。
小泉さんらは、署名をさらに積み上げ、国会議員へのロビー活動や自治体への働き掛けなど活動を強めています。
「私の尊厳を踏みにじる消費税のインボイス制度は許さない。中止させるまで絶対に諦めない」
寄せられた声(一部)
◎…「免税業者の選択も可能」と言いつつ、実質的には、取引先同士で税負担を押し付け合う(そして、弱い立場のフリーランスが負担せざるを得ないようなシステムになっている)。(埼玉県、ライター)
◎…お客さまと真摯に向き合い、何年もかけて築いた大企業とフリーランスという成立し難い貴重な関係性がインボイス発行事業者でないという理由であっさり切られること、個人事業主という不利な立場で築き上げた努力があっさり見捨てられることが何より心配。(千葉県、スマホエンジニア)
◎…取引先と負担を押し付け合う形で「仕事を失うかもしれない」と取引をするのは精神的負担になる。それを毎回取引先ごとに行うのは考え難い負担。(東京都、画家・デザイナー)
◎…私は個人事業主になって1年にも満たないです。会社に属するより自由な働き方を求めて個人になりました。これまで政府は働き方改革や自由で柔軟な働き方を推奨していたと思うが、それとこの制度は逆行していないか。(名古屋市、デザイナー)
◎…年収が通常でも400万円にも満たない中で、しかもコロナ禍で、その半額にもなっていない昨今。この増税はとてもとても困ります。(大阪府吹田市、コピーライター)