能登半島地震による人的被害は死者241人、重軽傷者1188人。建物被害は住家、非住家合わせて8万9666棟(3月1日現在)に上ります。今回の震災で明らかになった課題と、今後、いつでも、どこでも起こり得る災害から住民の生命と財産を守るために求められる施策について、奈良女子大学の中山徹教授が解説します。
地方自治の蹂躙ではなく必要な対策への支援こそ
奈良女子大学教授中山徹さん
2024年1月1日に能登半島地震が起こった。マしかグニチュード7.6、志賀まち町、輪島市で震度7、七尾すず市、珠洲市、穴水町、能登ちょう町で震度6強を観測した。南海トラフ巨大地震をはじめ、各地で巨大地震の発生が予測される中、今回の能登半島地震から学ぶべきことを考える。
防災計画見直せ
まず一点目は、災害の予測と防災計画の見直しである。石川県地域防災計画では、四つの地震(大聖寺、加賀平野、邑地潟、能登半島北方沖)を想定していた。今回の震源に比較的近いのは能登半島北方沖である。この断層は能登半島の北方沖合10~20キロメートルに位置し、北東から南西にかけて確認されていた断層である。想定していた地震の規模はマグニチュード7.0であり、被害予測は死者7人、負傷者211人、建物全壊120棟、避難者数2781人であった。今回の地震は、集落から離れた沖合の断層ではなく、海岸線にあった海陸境界断層によって引き起こされた(図)。また、地域防災計画の想定より大きいマグニチュード7.6であった。そのため、想定をはるかに上回る被害が生じたと言える。この海陸境界断層の存在は知られており、能登半島では20年12月以降、群発地震が続いていたにもかかわらず、海陸境界断層を想定した予測はされていなかった。防災計画のスタートは被害予測であり、それに基づいて避難所、防災訓練などを計画する。軽い被害予測をしてしまうと、いざという時に避難所が全く足りない、救援活動が不十分になるなど、能登半島地震でまさに生じたような問題が起きる。日本には断層が確認されているにもかかわらず、評価されていない箇所が多数存在する。この改善を早急に進め、地域防災計画の見直しが求められる。
国が住宅改修を
二点目は、耐震改修の実効性である。能登半島地震で亡くなられた方の死因を見ると(1月31日時点、死者数238人のうち警察が検視した222人についてのデータ、警視庁発表)、圧死が41%、窒息・呼吸不全が22%、低体温症・凍死が14%、外傷性ショックなどが13%で、合計90%になる。これらの方々の大半は住宅の倒壊で亡くなられた方だと推測できる。阪神・淡路大震災でも住宅の倒壊で多くの命が失われたが、今回も同じことが繰り返された。1980年以前に建てられた建物は耐震性に劣る物が多く、地震が発生すると倒壊する危険性が高い。それを防ぐためには耐震改修が不可欠であるが、ちゅうちょ工事費が高いため、躊躇される方が少なくない。80年以前の建築基準法を守って家を建てていても耐震性に劣るため、個人責任にするのではなく、当時の法を定めた政府の責任で住宅改修を進めるようにすべきである。
避難所にTKB
三点目は、避難所の改善である。避難者は石川県地域防災計画の想定をはるかに超え、地震発生後1週間の時点で2万8千人を超えた。当然、避難所が不足し、農業用ハウスで暮らす人すら発生していた。多くの避難所は小中学校の体育館であり、冬の寒い時期に床の上で寝る、プライバシーも保障されない、配られた食料はパンという状態が今回も繰り返された。これだけ自然災害が多い国であるにもかかわらず、避難所の改善がなかなか進まず、災害で助かったにもかかわらず、避難所で命を落とされる方(災害関連死)が後を絶たない。段ボール製のベットなどをあらかじめ用意しておくことは簡単である。小中学校の統廃合を進めるのでなく、ゆとりある避難所の整備を進め、TKB(T=快適で十分なトイレ、K=温かい食事を作ることができるキッチン、B=簡易ベット)の提供計画を行政の責任で進めるべきである。
行政の再生こそ
四点目は、行政の再生である。災害に強いまちを作るためには、行政の役割が重要である。今回震度7に襲われた輪島市は2006年に門前町と合併し、現在の輪島市になっている。同様の震度7を記録した志賀町は05年に富来町と合併し、現在の志賀町になっている。震度6強を記録した七尾市は04年に1市3町が合併して現在の七尾市になり、能登町は05年に3町が合併して現在の能登町になっている。震度6強以上を記録した3市3町のうち、2市2町が平成の大合併によってできた自治体である。市町村合併の最大の狙いは人件費の削減である。市町村が災害に強いまちづくりの先頭に立とうとしても、職員が削減され、役場が出張所になっているようでは、責任を果たすのが難しい。近年では非正規の行政職員も増えている。もう一度、行政の役割を見直し、行政責任を果たせるように行政の再生をめざすべきである。
再稼働は中止に
五点目は、原発再稼働の見直しである。志賀原発でも避難計画が立てられていたが、▽避難ルートに指定されていた道路が崩れて使えない▽志賀原発の北側に住む市民は地震被害の大きかった輪島市、珠洲市方面に避難することになっていた▽住宅内に避難しようと思っても住宅が倒壊していて中に入れない―など、机上の空論だということが明らかになった。もし志賀原発が再稼働していたら、どのような事態になっただろうか。また、志賀原発で事故が次々と発生し、その都度「想定外」が繰り返された。その上、公表された情報も何度となく訂正された。日本には地震に安全な地域はないと言っていいだろう。なぜそのような日本で原発の再稼働を進めるのか。もう一度、考え直すべきである。
能登半島地震の救助が遅れ、復旧に時間がかかっているのは周知の事実である。その原因を地形的な要因に求める論調があるが、地形的な要因は地震発生前から分かっている。そのような要因を踏まえて対策を考えておくのが地域防災計画をはじめとした一連の計画であり、それが十分機能していなかったため、今回の事態を招いたと言える。
また、政府は地方自治法を改正し、感染症や災害など重大事態が発生した場合、国が自治体に必要な指示を出せるようにしようとしている。しかし、災害時に地域の現状を一番つかんでいるのは自治体である。不十分な情報に基づいて国が指示を出すのではなく、自治体が必要な対策を取ることができるように国は支援すべきであり、主客が逆転している。基地、原発にじゅうりんついては、地方自治を蹂躙してでも国の政策を進めるという姿勢が顕著になっている。そこに感染症、自然災害も加わるようなことになると、憲法で保障された地方自治を巡って、さらに深刻な事態がもたらされるだろう。