人文・芸術などの出版社72社が加盟する「(一社)日本出版者協議会(出版協)」は、「軍備増強の閣議決定に抗議し、防衛費大増額及びそのための増税に反対する」との声明を発表しました(2月22日)。事業者団体としては異例とも言える声明を発出した背景について、水野久会長に聞きました。
「戦争できる国」に危機感
「あらゆる戦争は、人々の言論・表現の自由を規制し、創造的な出版文化の発展とは決して相いれない」。穏やかな口調に怒りをにじませます。「戦争できる国に向かおうとする社会の在り方に“強い危機感”を抱いています」
岸田内閣が昨年末、閣議決定した「安保3文書」は「歴代内閣がとってきた専守防衛の立場を覆すもので、ロシアのウクライナ侵攻を口実に、権力者が戦争への道を歩み出してしまえば、言論のコントロールが始まるのは、歴史を見ても明らかだ。加盟社からも『声を上げるべき』との意見が寄せられた」と、きっかけを明かします。
「出版協は『安倍元首相に対する銃撃』や、それに関わる『国葬強行』などにも声明を出していて、自由に物が言える、多様な意見が共存する社会を壊すような動きに対して、敏感に反応するようにしてきた」と、この間の取り組みについても語りました。
ミサイル購入より文化に
岸田政権の政策の進め方そのものにも異を唱えます。閣議決定で何でも決めてしまう安倍内閣以降の政治の流れに対し、「民主主義は、さまざまな意見を取り入れるため、決定に時間がかかるのが当然です。政府はそのプロセスを経ずに、国民が関与できないところで政治を進めています。これは大変な誤りだ」。
「これまで、政府が方針としてきた『敵基地攻撃能力の不保持』『GDP比1%の防衛費枠』はともに、憲法の平和主義・専守防衛という立場を体現するものです。それを国会で議論もせずに変更すること自体が、議会制民主主義・財政民主主義、ひいては国民主権そのものに反しています」
2023年度予算で軍事費が6・8兆円へと大増額されることも批判。「トマホークミサイルを400発、米国から買うのに2千億円だと報じられていますが、文化関連の予算は幾らなのか。23年度の文化庁予算は1350億円、文科省に計上されている分を合わせても2500億円ほどしかありません。とんでもない額が軍備に費やされることを、国民全体がもっと意識する必要がある」と、税の使い道のアンバランスさにも納得できないと言います。
「私たち出版協に集う出版社は、思想の左右を問わず、それぞれの専門分野で多様性のある出版物を世に送り出しています。こうしたユニークな活動が元気に行えることが大事と考えています」
こう話す水野さん自身は、㈱晩成書房の代表取締役を務めています。同社は1978年に、日本演劇教育連盟の機関紙「演劇と教育」の発行を担うために中学校の教員が起業。以降、学校演劇のシナリオ集や演技論など、演劇関連を専門に出版しています。
多様性認め合える社会へ
水野さんは1954年、東京都文京区の生まれで、東京都立大学在学時に劇団を立ち上げ、演劇の世界へ。晩成書房の創業時から関わり、96年に前代表が病に倒れたことから社長を引き継ぎました。
「いま、演劇的手法が社会で、さまざまに生かされるようになってきている」と強調する水野さん。「これまでの詰め込み式教育ではなく、コミュニケーションしながら、問題を深めていくワークショップ形式の学びが広がっています。自らが全く違った人間を表現することで、他者への理解や共感が深まっていきます。民主主義や、多様性を認め合う社会を形成する上で、演劇的アプローチは有効です」
「言論の自由、出版の自由を守っていくためには、私たち小規模出版社が、読者に届けたいと思うものをしっかりと発信し続けていくことが大事です。ネット上で得る情報では、じっくり考えることは難しい。本だからこそできる“深く考える機会”の提供に力を尽くしたい」。水野さんは改めて決意しています。
一般社団法人 日本出版者協議会
1979年、出版流通対策協議会(流対協)として設立。公正取引委員会が78年に再販制度を廃止しようとした動きに反対し、小出版社が直面している差別的取引の是正と、公正な取引と出版・表現の自由を確保するという理念を掲げて活動。2012年10月、一般社団法人に。